1990年代をピークとして企業年金制度全体が後退傾向にある中で、企業型確定拠出年金(DC)は2001年の制度創設以来、着実に普及拡大を続けています。それは企業にとって財務メリットが大きいことが一つの要因です。
詳しく見ていきましょう。
1 確定給付型制度からDCへの移行による財務メリット
DCのコスト計算は極めてシンプルです。あらかじめ定めた掛金の拠出額がキャッシュアウトとなり、そのまま企業会計上の費用となります。将来の退職給付の支払いに備えて負債を計上する必要はありません。
それに対して退職一時金や確定給付企業年金(DB)のような確定給付型の制度は、費用の計算が非常に複雑です。まず、将来の退職金・年金支払のうち、現在までの勤務分に相当する退職金額を現在価値に換算します(退職給付債務)。なお、現在価値に換算する際には、「割引率」を用います。
従業員が勤務を1年重ねることで増加する退職給付債務の増加分(=勤務費用)等の費用処理額を算出します(退職給付費用)。その上で、外部に積立てた年金資産との差額を負債計上する必要があります(退職給付引当金)。
計上すべき費用や負債は支給額の将来見込みのほか、割引計算のもととなる金利の水準や年金資産の運用状況など、本業とは直接関係のない外部環境にも大きく左右されます。
また、DBの掛金額の算定ルールは、企業会計上の費用や債務の算定基準(退職給付会計基準)とは異なるため、キャッシュアウトと企業会計上の費用が一致しないことも企業人事や財務の担当者を悩ませます。
一方、資金の外部積立を行わない退職一時金制度では年金資産の運用リスクを負うことはありません。しかしそのため、退職者が発生する都度、まとまった額の資金の手当てが必要となります。事業再編などにより多くの退職者が急遽発生したときには、資金繰りが問題となる可能性もあり、デメリットといえます。
事業環境や経済環境の変化が早く、先を見通しにくい時代において、財務面での不確定要素が大きい確定給付型の制度は敬遠され、シンプルで予測可能性の高いDC制度が普及拡大してきたというわけです。
【DCの導入形態と主な留意点】
2 DCで果たすべき事業主の責務とは?
このように財務面でメリットの大きいDCですが、確定給付型の制度にはない注意点もあります。
・従業員自身が資産運用のリスクを負う
企業側の財務リスクが軽減されるのと裏返しに、従業員自身が資産運用のリスクを負うことになります。
企業が拠出した掛金のうち、いくらをどの商品で運用するのか、どのタイミングで運用商品を切替えるのか、いつからどのように給付を受け取るのか、すべて自分で選択しなければなりません。運用環境と自分の選択次第で退職金の額が大きく変わってしまう可能性があります。
・60歳まで引出しが制限される
他の退職金制度とは異なり、中途退職(60歳未満での退職)の場合にはすぐに給付を受け取ることができず、原則として60歳以降まで待たなければならないことも従業員の不評を買いやすい点です。
60歳まで引出しが制限されている点は、老後資金を確実に確保できるという意味ではメリットと考えることもできますが、従業員の考え方やライフプランは様々です。場合によってはDC以外の制度を組み合わせて提供する等の工夫も必要です。
・従業員に対する継続的な教育等が必要
いくらDCには財務メリットがあるといっても、それによって従業員が不安や不満を持ち、士気が下がってしまうようでは意味がありません。法的にも、DCを実施する事業主には従業員の利益を最重視した制度運営を行う責任があります(忠実義務)。
具体的には、従業員の特性などを考慮して、老後資金の積立てにふさわしい商品ラインアップとなっているかをきちんと評価したり、従業員に対して継続的な教育を実施したりするよう努めなければならないとされています。
・制度全体のリテラシー教育も重要
従業員に対する教育は、単に資産運用に関することだけ行っていればよいわけではありません。公的年金を含む年金制度全体の仕組みや、DC以外に会社で実施している退職金制度がある場合にはその説明も含め、ライフプランの中でDCをどのように位置づけ、有効に活用していくかという視点が重要になります。
このように、企業内でDCのガバナンスを充実させていくためには一定の業務負担やコスト負担が必要です。
しかし人生100年時代と言われる中で、DCの実施を契機として従業員のリテラシーを高めていくことは、生涯にわたるQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を高め、優秀な人材の確保・定着や生産性向上にもつながっていくのではないでしょうか。
3 更なる普及拡大が見込まれるDC、その背景は?
DC制度が創設された当初は、企業にとって大きな負担となっていたDBに代わるものとしての性格が強調され、従業員に資産運用リスクを押し付けるといった印象が強くありました。
しかし、DCの加入者数は2022年3月末時点で約782万人に達しています(生命保険協会 確定拠出年金(企業型)の統計概況より)。また、DCを実施する企業の割合は、2018年1月1日時点ですでにDBを上回っています(厚生労働省 平成30年就労条件総合調査より)。今後も普及拡大が見込まれるのには、いくつかの理由があります。
・労働市場の流動化
中途退職者に厳しく、定年退職者や長期勤続者に手厚い退職金制度は日本型雇用の象徴とも言えるものでした。しかし、定年延長などにより就業期間は長期化し、従業員にはキャリアの自律が求められるようになっています。退職金制度のあり方も変容し、従業員の多様なキャリアやライフスタイルに対応していくことが重要になっていくでしょう。
DCは原則として60歳以降にしか受け取れないことから、離転職時にはそれまで積立てた資産を転職先のDCやiDeCo(個人型確定拠出年金)に移すことになります。終身雇用が過去のものとなり、労働市場の流動化が進む中で、DCは自助努力による老後資金準備のプラットフォームとなりつつあります。
・ポイント制退職金との相性の良さ
かつての日本企業における退職金の計算式は、「退職時の基本給×勤続年数に応じた支給率」のような最終給与比例型が主流でした。
最終給与比例型の制度では最後の一時点の給与で退職金が決まってしまい、在職中に、毎期いくら退職金が積み上げられるのかが明確ではありません。
そのため、DCのように毎月掛金を積立ててそれをそのまま支給する仕組みとは整合しないところがあります。
しかし、年功的な要素の強い職能型の給与制度の見直しが広まったことなどから、今では退職金の計算を給与から切り離し、ポイントの積み上げにより退職金を算定する「ポイント制退職金制度」が普及しています。
ポイント制退職金制度では、毎期の退職金の積み上げ額が明確になるため、ポイントの全部または一部をDCの掛金に充てることで、DCを導入することが可能となります。
ポイント制って? 働き方改革にあわせた退職金制度を解説・資産運用サポート機能の充実
加えて、近年のICT(情報通信技術)の発展により、インターネット上でポートフォリオ(資産配分)を提案してくれるウェブサービスや、その資産配分を参考に運用商品の比率変更ができるスマートフォンアプリなども登場しています。
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従業員に適切な投資判断を行うための情報を届けたり、投資行動に至るハードルを下げたりする仕組みが整ってきており、こうした仕組みを積極的に取り入れ、活用することで、従業員にとってのDCそのものに対する敷居が下がっていくことが期待されます。
以上
(執筆 向井洋平(むかいようへい) 年金数理人・日本アクチュアリー会正会員 1級DCプランナー 【著書】『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』『金融機関のための改正確定拠出年金Q&A』-いずれも経済法令研究会)
(監修 フィナンシャル・ウィズダム代表 1級DCプランナー 山崎俊輔)
日本-年基-202207-170-0184-D