従業員の大切な退職金を確実に積立て、企業にとっても損金算入のメリットがある企業年金制度。主に確定給付型(DB)と確定拠出型(DC)がよく知られていますが、2017年から第3の企業年金と言われる「リスク分担型企業年金」(以下「RSDB」、Risk Shared Defined Benefit planの略)が実施可能となっていることをご存知ですか?
RSDBは企業年金法上はDBの一種に分類されますが、従業員に安心感を与えるDBの要素と、企業の退職金制度にかかるコストを安定化させるDCの要素を併せ持っています。その特徴や、導入する際の注意点などを見ていきましょう。
1 DBとDCのいいとこ取り? リスク分担型企業年金(RSDB)とは
支給額があらかじめ定められているDBは、従業員にとっては安心感があり、企業にとっては制度設計の自由度が高い制度です。ただし一方で、企業は従業員に約束した金額を支給する責任があり、積立不足による追加負担のリスクがあります。
これに対して、積立てるべき掛金をあらかじめ定めるDCでは企業に追加負担のリスクがありません。その反面、従業員は原則として60歳以上にならないと給付を受け取れず、資産運用の結果次第で支給額が変動するリスクも負います。
DBとDCは一長一短があるわけですが、RSDBは両者の「いいとこ取り」をしたとも言える制度です。
具体的には、
- 制度設計の自由度が確保されている
- (資産運用の結果が一定の範囲内なら)あらかじめ定められたとおりの額が支給される
というDBの特徴と、
- (制度開始時からバッファーの財源を用意しておくことで)企業は積立不足による追加負担の義務を負わない
というDCの特徴を併せ持っています。
※1 制度移行後に掛金を増額する場合等、追加的な拠出義務を負う制度とみなされる場合は、債務認識を求められる可能性があります。
※2 掛金の引上げ幅により、制度移行時に給付減額に対する同意手続き等が必要となる場合があります。
※3 制度移行時に十分な別途積立金が生じている場合等はこの限りではありません。
※4 「導入時の従業員教育」および「導入後の継続教育」を指します。
※5 法令上、導入時の従業員教育・導入後の継続教育とも努力義務となっております。
RSDBの特徴については、次の資料で分かりやすく解説しています。ぜひ、ご覧ください。
2 RSDBで安定化する退職金制度のコスト
企業年金を含む退職金制度にかかるコストには2種類あります。1つはキャッシュアウト(資金繰り)、もう1つは企業会計(損益計算書)上の費用です。
DCのコスト計算は極めてシンプルです。あらかじめ定めた掛金の拠出額がキャッシュアウトとなり、それがそのまま企業会計上の費用となります。
これに対して、DBのコスト計算は非常に複雑です。将来の支払いに備え、DB法とその政省令で定められた基準にしたがって計算された掛金を定期的に拠出します。運用状況の悪化等により積立不足が発生すると掛金の見直しが必要となり、キャッシュアウトの増加につながります。
また、企業会計上の費用は退職給付会計基準という別のルールにしたがって計算する必要があります。運用状況の悪化のほか、金利の低下などによっても計上すべき費用が大きく増加することがあります。
RSDBは、企業会計上、基本的にDCと同じ扱いになります。制度開始時に会社が拠出すべき掛金を定めるため、その掛金額がキャッシュアウトとなり、同時に企業会計上の費用となります。ただし、制度開始時の積立不足に対応する掛金相当額(特別掛金)については制度開始時に一括で費用計上する必要があります。
このため退職金制度にかかるコストを安定化させて、予測可能性を高めることが期待できます。
DBでは、景気が悪化したときに、企業業績の悪化に年金の積立不足が追い打ちをかけるという事態がしばしば起こります。本業の低迷する時期に株価の下落や金利の低下が重なりやすいからです。RSDBではDCと同様に、こうした事態を避けることができます。
3 いいところばかりではないRSDB、注意すべき点は?
このように、企業にも従業員にとってもメリットのあるRSDBですが、注意すべき点もいくつかあります。
まず、年金資産の運用状況などにより、積立金の水準が一定の範囲を外れると支給額が自動的に調整されます。会社が負担する掛金額はあらかじめ定められているため、積立水準が想定を大きく上回った場合はその分支給額を増やし、逆に積立不足に陥った場合は支給額を減らすことで、常に制度全体の収支バランスが保たれます。
つまり、従業員は積立不足によって退職金が減ってしまうリスクを負うことになりますし、逆に積立水準の上昇によって退職金が増えるチャンスもあります。
そのため、RSDBでは、制度開始時に通常の掛金とは別に「リスク対応掛金」を一定期間設定することで、積立不足になる可能性を小さくしておくことが求められます。企業があらかじめ余分に掛金を積み増すことで、従業員とリスクを“分担”しているわけです。
どの程度掛金を積み増すかは、最終的には労使協議により決めることになります。多めに積めば減額の可能性は小さくなり、労使合意を得やすくなりますが、当然ながら企業のコスト負担は増えます。
RSDB実施の判断にあたっては、将来の追加負担リスクの回避と引換えに、どこまで初期コストの増加を許容できるかの見極めが必要となります。
4 RSDBの制度運営のカギを握る労使共同のガバナンス
DBでは、企業が資産運用の責任を負います。運用損失により積立不足が生じた場合は、企業が掛金を追加して穴埋めすることになります。しかし、RSDBでは、制度開始後に発生した資産運用損失は従業員に対する支給額の減少につながります。
そのため、従業員側を代表する委員が参画する「資産運用委員会」を設けるなどして、運用方針に従業員側の意見を反映させることが義務付けられています。また、会社は従業員側からの求めに応じて資産運用実績などを開示しなければなりません。
このような労使共同のガバナンスを有効に機能させるには、労使双方が年金財政や資産運用について議論できるだけの最低限の知識と情報を身に付けておかなければなりません。
制度の仕組みや年金資産の運用状況、積立水準の推移などについて積極的に社内に周知するとともに、資産運用委員会のメンバーには、必要に応じて外部の専門家を招いて勉強会を開くなどの取組みが重要になります。
しっかりガバナンスを利かせることができれば、RSDBは労使双方にとって、検討に値する選択肢たりうるのではないでしょうか。
以上
(執筆 向井洋平(むかいようへい) 年金数理人・日本アクチュアリー会正会員 1級DCプランナー 【著書】『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』『金融機関のための改正確定拠出年金Q&A』-いずれも経済法令研究会)
(監修 フィナンシャル・ウィズダム代表 1級DCプランナー 山崎俊輔)
日本ー年基ー202010ー170-0402ーD