「福利厚生なし」にして従業員にかける費用を最小限にすることはできるか、経営者であれば一度は考えたことはあるでしょう。
福利厚生は従業員への待遇のひとつに過ぎないため、福利厚生の費用分を従業員への給与に還元し、金銭面で優遇する考え方も、中にはあります。
そもそも福利厚生をなしにできるか、労働条件によって「福利厚生なし」があり得るか、福利厚生を少なくして手取りを多くできるのか、従業員が福利厚生を拒否できるのか、など「福利厚生なし」にまつわるよくある疑問について解説します。
1.福利厚生なしの会社でも法定福利厚生は必須
従業員を雇えば、法律で義務付けられた福利厚生(法定福利厚生)は最低限、提供する必要があります。
従業員がいるのにも関わらず、法定福利厚生の提供がない場合は違法に当ります。
ただし、会社の判断で提供される福利厚生(法定外福利厚生)は一切なくとも、法律上は問題ないため、一般的に「福利厚生なし」と公言する会社は「法定外福利厚生の用意がない」という意味になります。
最低限必要な福利厚生の一覧
従業員に対し、最低限用意する必要がある法定福利厚生は次のとおりです。
なお、会社の業界や業種、状況によっては、ここでご紹介するもの以外に、提供が義務付けられる福利厚生がある可能性があります。
主な法定福利厚生の一覧
区分 |
法定福利厚生の名称 |
備考(法的根拠など) |
保険 |
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健康保険法、介護保険法、厚生年金保険法、雇用保険法、労働者災害補償保険法、子ども・子育て支援法、障害者の雇用の促進等に関する法律|e-Gov |
手当 |
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労働基準法(労基法) 第三十七条(時間外、休日及び深夜の割増賃金)|e-Gov |
休暇 |
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労働基準法(労基法) 第三十九条(年次有給休暇)、第六十八条(生理日の就業が著しく困難な女性に対する措置)、育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(育児・介護休業法) 第四章 子の看護休暇 第十六条の二、第十六条の三|e-Gov |
休業 |
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労働基準法(労基法) 第六十五条(産前産後)、第七十六条(休業補償)、育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(育児・介護休業法) 第二章 育児休業 第五条~第十条、第三章 介護休業 第十一条~第十六条|e-Gov |
社会保険とも呼ばれる法定福利厚生の保険は、法律で加入が義務付けられています。
それぞれの社会保険で「従業員が働けなくなったケース」が細かく割り当てられ、条件を満たしたときに従業員本人やその家族に対し、生活保障や損害補償が行われます。
なお、社会保険料は原則、会社と従業員で費用負担するため、従業員の給与引去りで対応するのが一般的ですが、企業だけが費用負担する労災保険料や子ども・子育て拠出金、障害者雇用納付金などもあります。
また、労働基準法(労基法)>の第三十九条(年次有給休暇)に定められるとおり、就労規則で定められた勤務時間や日程、時間帯以外に従業員が働く場合、割増しの賃金を支払う必要があり、原則、給与以外の手当として支給される必要があります。
有給休暇も、法律で定められた勤務実績にあわせた日数を付与する必要があります。
参照:労働基準行政全般に関するQ&A > 年次有給休暇とはどのような制度ですか。パートタイム労働者でも有給があると聞きましたが、本当ですか。|厚生労働省
法定外福利厚生の「特別休暇」として、休暇中も就労とみなして給与が発生する休暇を付与するケースはありますが、福利厚生を最小限にしている会社の場合、法定福利厚生の有給休暇しかないこともあります。
また、産休・育休を従業員に与えないのは違法です。産休や育休の取得状況の公表が義務化されたこともあり、今後、男性・女性問わず、育休を取得しやすくなっていくものと推定されます。
参照:育児・介護休業法について|厚生労働省
なお、産休・育休中には企業からは基本、給料が支払われませんが、出産手当金・育児休業給付金・児童手当などで公的に補填されます。
その他、福利厚生にはどのような種類があるか、法定福利厚生と法定外福利厚生、それぞれの保険や手当など、もっと詳しく知りたい方は次のコンテンツで詳しく解説しています。
福利厚生の種類には何がある?法律や会社での種別の一覧を解説2.「福利厚生なし」になる労働条件はある?
従業員の権利などを定める「労働基準法」は、「賃金を得て働くすべての人」を適用対象とするため、労働条件によって従業員の福利厚生がないケースはあり得ません。
福利厚生は「労働基準法」にもあるように「均等待遇」の原則があります。
例えば、勤務形態がパート・アルバイト、契約社員、嘱託社員、時短勤務者などに対しても、正社員と同様、法定福利厚生と法定外福利厚生を提供する必要があります。
なお、勤務時間の短いパート・アルバイトで、配偶者の扶養に入っていれば、自身が勤める会社の福利厚生の一部が適用されず、配偶者の勤務先の福利厚生が適用されることがありますが、適用される福利厚生が他社にあるだけで「福利厚生なし」の状況には当たりません。
また、派遣社員については、契約条件によって派遣先(勤務を行う会社)の福利厚生ではなく、派遣元(派遣会社)の福利厚生が適用されるケースがありますが、福利厚生がない状況には当たりません。
他にも、試用期間中の従業員に対して「福利厚生なし」は違法であるため、法定福利厚生の保険は試用期間であっても原則、入社1日目から加入する必要があります。
労働者に当らない個人事業主や無償奉仕は福利厚生なし
「従業員がいるのに福利厚生なし」は違法ですが、法律上の「労働者」に当らないケースや、法律上の「労働」の定義から外れるケースで「福利厚生なし」の状況があり得ます。
個人事業主が従業員を雇わずに会社を経営する場合、個人事業主は従業員ではなく「労働者」に当たらないため、「福利厚生なし」の状況でも問題ありません。
ただし、個人事業主であっても、従業員がいる場合には福利厚生が必要になるため、他に従業員がいるのであれば、個人事業主自身にも福利厚生を適用できます。
また、自社で法定外の福利厚生制度を制定し、各制度の基準や要件を満たしていれば、役員についても従業員同様に福利厚生を利用でき、経済産業省の指針などの法定条件を満たせば福利厚生費への計上が認められます。
また、賃金が発生しない無償奉仕の活動は「労働」に該当せず、労働基準法の対象外です。
無償ボランティアや、無給の短期インターンであれば、事業に従事する従業員であっても、福利厚生がない状況が生まれます。
なお、現時点で「ボランティア」について法律で明示されておらず、厚生労働省などが指針を出すに止まっており、現状は「民法」における準委任契約が法的根拠となります。
参照:国民の社会福祉に関する活動への参加の促進を図るための措置に関する基本的な指針|厚生労働省
参照:民法 第六百五十六条(準委任)|e-Gov
厚生労働省の指針にボランティアの定義では「無償性・社会性・自主性」を重要視しているため、自主性や社会性のないボランティアは強制労働と判定され、労働基準法の第五条(強制労働の禁止)に違反する可能性があります。
参照:ボランティアについて|厚生労働省 社会・援護局地域福祉課
また、労働基準法の第六十九条(徒弟の弊害排除)でも、教育訓練中の「徒弟(とてい:見習いや弟子)」と呼称して従業員を酷使することを禁止しているため、ボランティアやインターン、職業訓練生などを福利厚生なしで事業に組込むことを検討している場合、取扱いは法に触れないよう、よく検討する必要があります。
無償奉仕が「労働」に当たらないということは、労働基準法における労災(労働災害)に認められることがなく、怪我や病気に対して公的補償がないため、ボランティア向けの保険などで、活動中の事故などに備えることも大切です。
なお、労働条件の提示と契約、賃金の支給が伴う「有償ボランティア」や「有償インターン」、「単発のパート・アルバイト」の場合、斡旋する会社または受け入れる会社から福利厚生が提供されます。
労働形態によって福利厚生なしにするのは違法
福利厚生は「均等待遇」が原則であるため、パート・アルバイト、契約社員など社員の勤務形態によって、不合理な待遇差がある場合、是正する必要があります。
勤務形態によって福利厚生の享受に差がある場合、性質・目的に照らしたうえで適切な待遇差なのか、「基準」と「考慮した要素」を明示する必要があります。
例えば、次の項目について、従業員から説明を求められた場合に説明する法的義務があります。
- 福利厚生施設(給食施設、休憩室、更衣室)
- 転勤者用社宅
- 慶弔休暇
- 健康診断に伴う勤務免除及び当該健康診断を勤務時間中に受診する場合の当該受診時間に係る給与の保障
- 病気休職
- 法定外の有給の休暇その他の法定外の休暇(慶弔休暇を除く)
引用:不合理な待遇差解消のための点検・検討マニュアル~パートタイム・有期雇用労働法の対応~(業界共通編)図表1-12 ガイドラインで示されている福利厚生 p.22|厚生労働省
その他、社員の違いと福利厚生について、もっと詳しく知りたい方は次のコンテンツで詳しく解説しています。
正社員の福利厚生と待遇差がある従業員がいるときに必要な対応とは?3.福利厚生の少ない会社は手取りを多くできるのか?
「福利厚生なし」にして福利厚生にかかる費用や社内運用のリソースを割かず、給与を多く支給した方が効率がよいのでは?と経営者なら一度は考えたことがあるはずです。
しかし、従業員の給与を増やしても、必ずしも手取りが多くなるとは限りません。
例えば、見舞金や交通費などは福利厚生費として扱われるため、給与所得に含まれた場合に、その分は非課税扱いです。
そのため、給与として全額支払われるケースより、税金で差引かれることなく、手取りが増えることになります。
参照:No.2508 給与所得となるもの|国税庁
福利厚生を用意すれば福利厚生費の分は当然、事業利益が減りますが、会社としては法人税が節税できるため、会社の成長戦略として福利厚生に取り組むことは有益で、将来に向けてポジティブに動いている、と評価できる点も押さえておきましょう。
退職金の福利厚生制度なしの会社は少数派
法定外福利厚生の退職金支給は一回あたりの支出が大きくなるイメージがありますが、多くの会社が退職金制度を導入しており、退職金制度がない会社は少数派です。
厚生労働省が調査した「平成30年就労条件総合調査」のデータによると、退職金制度のある会社は80.5%、退職金なしの会社は約20%です。
参照:平成30年就労条件総合調査 結果の概況:第17表 退職給付(一時金・年金)制度の有無、退職給付制度の形態別企業割合|厚生労働省
条件を満たして退職所得とみなされれば税制面での優遇があるため、従業員にとっては所得税の免除、導入する会社にとっても法人税の節税や従業員の囲込みにつながる利点があります。
参照:No.2725 退職所得となるもの|国税庁
4.いらないという理由で従業員が福利厚生を拒否できるのか?
法律で定められた法定福利厚生については、従業員に提供しない会社は該当する法律の違反に問われて罰則を受ける可能性があるため、従業員が拒否できるものではありません。
ただし、会社の判断で提供される法定外福利厚生は、従業員は拒否しようと思えば拒否できます。
例えば、夏期の特別休暇を付与されていたが、従業員個人の判断で休暇を取得しない、ということは法律上は問題ありません。
ただし、法定外福利厚生であっても、会社として必要だと判断して付与している休養ではあるので、取得しなかった従業員がいる部門の幹部が、人事管理能力の不足を問われ、社内での立場を悪くする可能性はあります。
なお、福利厚生は、就業規則の一部として会社がさまざまな法律や条例を守る目的でまとめ、管轄の労働基準監督署に届出しているものです。
定められた福利厚生のルールをないがしろにすると、法律や条例に違反し、会社内の福利厚生に関する経費処理が困難になる可能性があるため、注意が必要です。
例えば、福利厚生の社員旅行に自己都合で参加しない従業員から「旅行代の会社負担分相当の金券の支給」を要求され、特別に対応してしまうと、福利厚生として認められない「金銭との選択が可能な旅行」と判断され、参加した従業員の旅行代金も含めて福利厚生費として処理できなくなります。
参照:No.2603 従業員レクリエーション旅行や研修旅行|国税庁
福利厚生の旅行について、もっと詳しく知りたい方は次のコンテンツで詳しく解説しています。
福利厚生の旅行費用が経費と認められる要件と費用補助の考え方を解説(執筆 株式会社SoLabo)
(監修 株式会社SoLabo 田原 広一)
生22-4183,法人開拓戦略室