1.従業員エンゲージメントとは何か。なぜ注目されているのか。
最近、従業員エンゲージメントという概念が注目されています。従業員エンゲージメントとは何かという統一された定義はありませんが、人材コンサルティング会社等でそれぞれ独自に定義をしています。「従業員の仕事と職場への参加と熱意」、「会社・組織が成功するために、従業員が自らの力を発揮しようとする状態が存在していること」等です。また、経済産業省は、「『エンゲージメント』は、人事領域においては、『個人と組織の成長の方向性が連動していて、たがいに貢献し合える関係』といった意味で用いられる」1としています。
エンゲージメントの高い従業員は、生産性が高く、組織全体のパフォーマンス向上に寄与することが多いとされます2。そのため、エンゲージメントは企業の競争力を左右する重要な要素といえます。高いエンゲージメントを持つ従業員は、仕事に対して意欲的に取り組む傾向にあり、生産性が向上する等から、企業の業績により貢献するといわれています。また、日本では労働力の減少が進んでおり、多くの業界で人材獲得競争が激化しています(図表1)。優秀な従業員の採用や、長く働いてもらうためにも大切な視点です。また、人的資本開示の動きが進んでおり、企業の健全性や持続可能性に関する評価の重要度が増してきていることも挙げられます。
(図表1)年齢別人口推計
2.企業はどのように開示しているのか。
政府が公表した人的資本可視化指針においては、人的資本で開示されることが望ましいとされる19項目のうちの一つとして従業員エンゲージメントを掲げています(図表2)。ただし、法定項目3ではなく、任意項目としての扱いであるため、必ず開示せねばならないわけではありません。企業間でも開示方法には差があり、各社とも手探りしつつ始めたように見受けられます。一方で、問題意識を強く持つ企業の中には、従前より自主的に同項目を開示していたところもあり、先行着手の好取組事例として紹介された企業もありました。例えば富士通は、既に2022年3月期の有価証券報告書で非財務指標として従業員エンゲージメントに関する情報を記載しています。また、同報告書内で、その定義を「会社の向かっている方向性・パーパスに共感し、自発的、主体的に働き貢献したいと思う意欲や愛着を表す指標」としています。
従業員エンゲージメントの数値を公表するのみならず、経営上のKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)として定め、中期経営計画において目標数値を設定したり、役員報酬の算定根拠の一要素としたり、更には、取締役選定理由のひとつとして挙げる等の手立てをする企業もあります。4
(図表2)人的資本可視化指針における開示されることが望ましいとされる19項目
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リーダーシップ |
育成 |
スキル/経験 |
エンゲージメント |
採用 |
維持 |
サクセッション |
ダイバーシティ |
非差別 |
育児休暇 |
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16 |
17 |
18 |
19 |
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精神的健康 |
身体的健康 |
安全 |
労働慣行 |
児童労働/強制労働 |
賃金の公正性 |
福利厚生 |
組合との関係 |
コンプライアンス/倫理 |
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「人的資本可視化指針」よりニッセイ基礎研究所作成
海外の事例はどうでしょうか。ドイツの保険会社アリアンツは、毎年People Fact Bookを公表しており、最新の2022年版では58ページ中10ページを従業員エンゲージメントについて割いています。人的資本情報開示の国際基準であるISO30414に準拠しており、その内容は充実しているといえます。同社ウェブサイト上では、「当社がどのようにダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン、ヘルス&ウェルビーイング、人材開発、報酬&パフォーマンス、グローバル・モビリティ、タレント・マネジメント、従業員エンゲージメントに取り組んでいるかを、投資家、顧客、従業員、将来の候補者といったステークホルダーの皆様に、より簡単かつ明確に評価していただくことができます」と述べています。
測定と評価はどのように行うのでしょうか。従業員エンゲージメントは、従業員へのアンケート調査やインタビューなどで測定することが一般的です。具体的な質問項目は企業ごとに異なりますが、一般的には仕事への情熱や自社への愛着度、上司や同僚との関係性などを評価します。年次で実施することが多いと考えられますが、中には月次や、もっと早いペースで行っている企業も存在します。財務指標のように、一般的に公正妥当と認められたルールがあるわけではないため、開示方法や測定方法は企業によって差があり、開示情報を単純に横比較すべきものではないことには留意が必要です。比較可能性を向上させることは決算書を利用する側からは大切ですが、人的資本可視化指針では同時に開示情報の独自性とのバランスも求められています。
なお、米調査会社ギャラップの調査によると、日本は熱意あふれる(従業員エンゲージメントの強い)社員の割合は5%で、調査対象125カ国中124位でした(2022年の調査でも5%で139カ国中132位)。かつては日本企業の働き手は愛社精神が旺盛で滅私奉公をいとわない、と考えられてきましたが、実はそうではないのです。逆に、改善余地が多くあると捉えることもできます。(図表3)
(図表3)
「2023年版ギャラップ職場の従業員意識調査:日本の職場の現状」よりニッセイ基礎研究所作成
従業員エンゲージメント向上のためにすべきことは多岐にわたります。例えば、社長と若手が語る会やエンゲージメントサーベイそのもの等を挙げる企業もあります。しかし、先に述べたように、自社の方針や価値観に共感し、担当職務の意義を理解できていること等が前提となるでしょう。上司・部下間のコミュニケーションや、自らの創意工夫が業務に反映できること等も効果的ともいわれます。
3.まとめ
人的資本経営の一環として従業員エンゲージメントは今後より一層重視されると考えられます。非上場企業に関しては、投資家対策の観点での重要性は大きくないかもしれません。しかし、より重要なのは、採用力の維持向上や、エンゲージした従業員の働きによる企業価値向上です。外形的な要件を満たせばいいというのではなく、自分ごととして積極的に取り組むことが肝要です。
まずは、取り組みについて公表されている上場企業の対応を参考にし、できる範囲から着手して徐々に充実させていくということが現実的でしょう。従業員エンゲージメントを高めることは、ゴールでなく手段です。
今後、労働力の減少はますます進んでいきます。優秀な人材を採用し、また長く働いてもらうためには、従業員エンゲージメントを高められるような経営が必要です。
企業は、従業員エンゲージメントを適切に測定し、評価し、効果的な改善策を見つけ出して職場環境をより良くする、このような努力を継続していくことが大切です。これにより、従業員はより働きやすい環境に身を置くことができ、その能力を思う存分発揮してもらうことで、企業側も持続的な成長の達成に近づくことが期待されます。多くの企業で従業員エンゲージメントが高まり、業績が向上し、従業員の努力や成果に報いることで、更に従業員エンゲージメントが高まるという好循環を作り出すことができれば、日本経済や社会もよりよくなることにつながるのではないでしょうか。
1 経済産業省「未来人材ビジョン」 令和4年5月 P.33
2 日本の「熱意ある社員」5% 世界は最高、広がる差 日本経済新聞2023年6月14日(2023年10月11日閲覧)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF131HN0T10C23A6000000/
3 法定項目:人材育成方針、社内環境整備方針、女性管理職比率、男性の育児休業取得率、男女間賃金格差の5項目。
4 例えば、オムロン、3メガバンクグループ、東京海上ホールディングス等。
(執筆 ニッセイ基礎研究所 総合政策研究部 主任研究員 小原 一隆)
生23-4466,法人開拓戦略室