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成長戦略としての「カーボン・ニュートラル」-各国で進むグリーン戦略、日本は巻き返せるか

財務担当者向け情報

2020-11-17

ニッセイ基礎研究所 矢嶋 康次 総合政策研究部 研究理事 チーフエコノミスト

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2020年11月17日

菅首相の2050年「カーボン・ニュートラル」宣言

カーボン・ニュートラルとは、ライフサイクル全体で見たときに、二酸化炭素の排出量と吸収量が正味でゼロになる状態だ。

菅首相は10月26日の所信表明演説で、はじめて2050年までに「実質ゼロ」とする方針を表明した。世界では、日本の次に宣言した韓国を含め、すでに122カ国が「2050年実質ゼロ」の目標を掲げている。これまでの「50年にできるだけ近い時期に」との表現を改め、国際社会で消極的だと受け止められたイメージの払しょくを図った。

日本経済は、4~5月を底にして持ち直して来てはいるものの、依然、力強さを欠いた状態にある。11月16日には、7-9月のGDP速報値が発表されたが、GDPギャップは大きなマイナスが残る(図表1)。特に問題なのは、日本の競争力や将来の供給力にも関わる設備投資の弱さだ(図表2)。7-9月の設備投資は前期比▲3.4%と2四半期連続で減少している。

そのような状況にあって足元で期待が高まるのが、コロナ危機で停滞した社会を、環境投資で立て直そうという「グリーン・リカバリー」だ。デジタルと合わせて、日本の復活を図るとの議論が経済財政諮問会議でスタートしている。

各国で進む強力なグリーン戦略、政府の強いコミットメントが必要に

欧州では、新たに欧州委員長に就任したフォンデアライエン氏が、欧州グリーン・ディール戦略を推進している。欧州は、環境対策を成長戦略にも位置づけ、今後10年間で総額1兆ユーロもの資金を再生エネルギーなどに投じる計画だ。

米国のバイデン氏も、今後4年間で2兆ドルを、クリーン・エネルギーなどのインフラに投資する計画を明らかにしている(図表3)。

すでに諸外国が歩みを進める中、日本はどうか。環境投資の出遅れ感が気がかりだ。

イノベーションは、民間が起こすものであるが、新しい社会構造への転換を目指す政府の強い意思が見えないと、民間はなかなか動くことができない。

図表4は、2015 年7月に策定された長期エネルギー需給見通しの内容だ。この中で省エネ計画は2013年度実績から2030年度までに年間最終エネルギー消費を対策前に比べ原油換算5,030万kl程度削減することを見込んでいる(図表4、左)。これは2013年から2030年度までに、エネルギー消費効率を35%程度改善することに相当し、石油危機後の20年間に我が国が実現した省エネと同程度の改善となっている(図表4、右)。かなり野心的な計画だ。

今回日本が示した2050年「実質ゼロ」は、おそらくエネルギー消費効率を今までの計画以上のものにすることになるだろう。今までの野心的な計画から、世界に対して宣言した数値目標に変更したことの重みは異なる。相当な覚悟と計画が必要になる。

そのためには、大規模な投資と研究開発を実施し、民間行動を抜本から変える必要がある。制度設計の詳細、支援策、規制緩和などの具体策が、どのように示されるのか。政府の強いコミットが求められる。

政府は、水素・蓄電池・洋上風力などの重点分野について、年末までに具体的な目標や事項計画を策定し、支援策なども合わせてグリーン成長への道筋を明らかにする方針だ。その内容に注目したい。

社会全体を見渡すと足元のコロナ禍の動きで、経済と資本市場、債務とのバランスが悪くなっている。今後、成長戦略によってGDPが膨らまなければ、資本市場のクラッシュ(株価急落や為替の急変動等)、債務問題の勃発などにより、リバランスが図られることはあり得る。それは日本にとって不幸だ。デジタルとカーボン・ニュートラルという2つの成長戦略が実を結ぶのかが、日本の将来にとって極めて重要になってくる。

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

以上

(執筆 矢嶋 康次 (やじま やすひで) 総合政策研究部   研究理事 チーフエコノミスト・経済研究部 兼任)

2020-1956G

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