かつてはかかったら退職せざるを得ない病気だった「がん」。しかし、医学が進歩した今では、「仕事をしながら長く付き合っていく病気」になりつつあります。
万が一、従業員ががんにかかった場合、企業の役目は、不安を抱える従業員に寄り添い、治療と仕事を両立できるよう手助けすることです。
がんになった従業員は仕事を続けるうえでどのようなハンデを負うのか、企業はどのように両立支援のサポートをしていけばよいのかを紹介します。
(※)本稿で紹介する国の社会保険・労働保険の情報は2022年1月時点のものです。
約2人に1人ががんに。求められる企業の対応
がんになるリスクは高齢者ほど高い傾向にあるものの、働き盛りの若い世代も無縁ではありません。下表のとおり、生涯のうちおおよそ2人に1人ががんと診断されています。
【生涯でがんと診断される割合】
(出典:(公財)がん研究振興財団「がんの統計2021」年齢階級別罹患リスク(2017年罹患・死亡データに基づく)部位 全がん)
また、過去3年間のがんによる休職者数は、企業規模が大きくなるほど 多くなる傾向にあるようです(労働政策研究・研修機構 2019年「『病気の治療と仕事の両立に関する実態調査』調査結果の概要」)。
【過去3年間のがんの休職者数(正社員規模別)】
(出典:労働政策研究・研修機構2019年「『病気の治療と仕事の両立に関する実態調査』調査結果の概要」)
もしも、従業員ががんになった場合、治療の問題などから退職せざるを得ない人もいますが、現在では、治療をしながら仕事を継続できるようになってきています。
企業としては、仕事と治療の両立を目指す従業員のために、治療のために利用できる休暇制度や柔軟な勤務体系への対応、配置転換、他の従業員への配慮など、多方面にわたって両立を支援するための体制を整えることが求められます。
がんの原因や、がんに対する最善の取組みなど、がんの「正しい知識」を知りたい方は、次のコンテンツで専門家が分かりやすく解説しています。ぜひご覧ください。
がんになった従業員の「ハンデ」を理解する
両立支援は、がんになった従業員が仕事を続ける際、どのようなハンデを負うことになるのかを理解することから始まります。
がんの種類などによって個人差はあるものの、主に次のような就業上のハンデが挙げられます。
・体力が低下
手術後や抗がん剤の治療中は体力が落ち、長時間の勤務や立ち仕事をつらく感じることがある
・重いものが持てない
乳がんの手術後などは、腕に強い負荷を掛けることができず重い荷物を持てなくなる場合がある
・通勤ラッシュがつらい
通常のデスクワークは可能でも、体力の低下、手術後の傷口を押されると痛い、免疫力が落ちて人混みに出られないなど、通勤に耐えられないことがある
・短時間の通院が毎日必要
放射線治療など、一定期間、毎日短時間の通院が必要なことがある
・数週間に1度の通院と体調不良が起こる
抗がん剤治療では、一般的に数週間に1度の投与を何回か繰り返す
・普通に食事ができない
抗がん剤の副作用で味覚障がいが起こり、普通に食事が取れなくなったり、手術後には1日に何度も小分けにして食事をする必要が出てきたりすることがある
・頻繁にトイレに行く
直腸がんや子宮頸がんの手術後には、頻繁にトイレに行くようになることがある
(参考:国立がん研究センター「がんになっても安心して働ける職場づくりガイドブック―中小企業編―」
<最終アクセス2022年1月31日>)
また、もう1つ注意しなければならないのが、がんになった従業員のメンタル面のケアです。誰でも自分ががんであることを宣告されれば、「治療は成功するだろうか……」「仕事は継続できるだろうか……」と不安でたまらなくなります。
治療をしながら仕事を続けることが可能であっても、治療が長引けば、「家族や同僚に迷惑を掛けているのではないか」と自分を責めてしまう従業員も出てくるでしょう。
また、前述のハンデなどによってこれまでの生活環境が一変し、変化に対応しきれず適応障がいなどになってしまうケースもあります。
企業は、従業員の就業上のハンデを理解するとともに、こうしたメンタル面の変化にも注意して両立支援に取組まなければなりません。
ここまでの内容を踏まえたうえで、以降では具体的にどのような両立支援策を取るべきなのかを見ていきます。
企業が取るべき具体的な両立支援策
1)病状の確認
従業員からがんであるとの申告があった場合、企業は従業員の現在の健康状態、手術の有無を含めた治療スケジュール・治療方針などを確認します。一般的には、従業員から主治医の意見書を提供してもらうことになります。
がんは進行度合いや治療方法などによって、状態が大きく異なります。前述のとおり、体力が落ちるだけでなく、抗がん剤の影響で気分が優れない時間がある、直腸がんや子宮頸がんの手術後には、頻繁にトイレに行くようになることなどもあります。
企業は主治医の意見書などを確認し、従来どおりの勤務が可能なのか、休職が必要なのかなどを判断します。
2)休暇制度や傷病手当金などの情報を提供
従業員には手術のための休暇や、通院のための時差出勤が必要になります。病気休暇や短時間勤務制度など、自社で定めている休暇制度や勤務制度などの情報をまとめておき、従業員と相談しながら何が必要かを確認するとよいでしょう。
また、従業員にとって仕事を休む間の収入の減少や医療費の増加は、大きな不安です。そのため、自社の制度の情報と併せて、次のような収入を補てんする制度、医療費を補助する制度についても情報を提供するようにします。
・傷病手当金
健康保険の加入者は、病気・ケガで3日間連続で休業し、4日目以降給与が支払われない場合は傷病手当金が支給される (支払額が傷病手当金の額より少ない場合は差額の支給を受けられる)
・高額療養費制度
医療費の自己負担額が一定金額を超えた場合に、超過分が払い戻される
あらかじめ限度額適用認定証の交付を受け医療機関の窓口で提示することで、窓口での負担額自体を抑えることができる
・確定申告による医療費控除
同一年に自身または配偶者・その他親族のために支払った医療費のうち、一定金額分の所得控除を受けられる
3)民間保険を活用し、その情報を提供する
福利厚生の一環として、従業員ががんになった際に保障(補償)を受けられる民間保険に企業として加入し、その情報を提供することが従業員の安心につながります。
従業員ががんになった際の保障(補償)は、例えば次のような保険がカバーしています。
・医療保険(団体型)
企業が契約者となって契約する医療保険で、被保険者となった従業員などが病気やケガで所定の入院をした場合には入院給付金、所定の手術等を受けた場合に手術給付金等が支払われる
入院諸費用に備える入院療養給付金が支払われるものもある
・3大疾病保障保険(団体型)
企業が契約者となって契約する医療保険で、被保険者となった従業員などが所定の3大疾病〔がん(悪性新生物)・急性心筋梗塞・脳卒中〕を発病し、所定の要件を満たした場合に3大疾病保険金、がん(上皮内新生物等)を発病し、所定の要件を満たした場合に上皮内新生物診断保険金、死亡した場合に死亡保険金が支払われる
・団体長期障害所得補償保険(GLTD)
企業が契約者となって契約する所得補償保険で、従業員が病気やケガで働けなくなった場合、給与の減少分の一部が支払われる
4)周囲の従業員への説明
「周囲に心配を掛けるから、自分ががんであることを伝えづらい」という従業員もいます。個人情報保護の観点からも企業が本人の同意なく、他の従業員に病名を伝えることは避けなければなりません。
とはいえ、他の従業員の理解なくして仕事と治療の両立は難しいため、どの程度、病気について説明するかなどを相談しておきましょう。
例えば、病名を明らかにしないものの、「病気で手術が必要になるため、しばらく休暇を取得する」「手術後は重いものを運ぶのが難しくなる」など、病状の一部や、従来どおりの働き方が難しくなる点だけを伝えるといった方法があります。
5)業務の代替や分担の確認
他の従業員が業務を代替できるような体制にしておきましょう。従業員の体調が許すのであれば、担当している業務の進捗や取引先のリストなどを書面にまとめてもらい、他の従業員に引継ぎます。
ただし、手術が控えているなどで引継ぎの時間が取れない場合は、取り急ぎ、急ぎの業務だけを口頭で報告してもらう、業務で使用している資料の場所だけ連携してもらうなど、必要最低限の引継ぎで対応しましょう。従業員の治療が最優先です。
6)復帰後の計画の相談
従業員から復帰のめどについて連絡があった場合、復帰後の計画を相談します。その際、従業員と企業の意見だけでなく、主治医に意見書を提出してもらうと、復帰の可否や復帰する場合に必要な配慮(短時間勤務(1日○時間以内)が望ましいなど)が明らかになります。
守秘義務があるため、企業が本人の同意なく主治医に直接問合わせて、意見を聴取することはできません。本人を通じて主治医に意見書を提出してもらう他、主治医に事情を説明してもらい、自社の担当者が電話で問合わせたり、治療の場に同席させてもらったりする企業もあるようです。
企業が主治医に確認すべき点としては、現在の状況・病状、復帰の可否と配慮や禁止事項、勤務時間・職場環境・病状に影響する作業、今後の見通し、日常で気を付けるべき事項などです。
厚生労働省「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」では、意見書を求める際の様式例を掲載しているので、参考にするとよいでしょう。
(参考:厚生労働省「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」
<最終アクセス2022年1月31日>)
7)復帰後のフォロー
がんになった従業員が復帰してみると、体力の低下や薬の副作用などから、想像以上に業務が負担になることがあります。
一方で、従業員は、「ただでさえ休職中、周囲にフォローしてもらっていたのに、これ以上迷惑は掛けられない」と、無理をしてしまうケースが少なくありません。
昨今は、新型コロナウイルス感染症の影響などでテレワーク(リモートワーク)を導入する企業が増えていますが、テレワークは従業員の姿が見えない分、こうした無理をしている従業員を見つけにくくなる恐れがあります。
そのため、主治医の意見などを参考にしながら、業務量や労働時間については細心の注意を払うようにします。
とはいえ、経過が良好にもかかわらず、企業が過度に気を使って業務の負担を減らそうとすると、従業員は「自分は戦力外とみなされている」などと考え、仕事へのやる気を失ったり、企業への不満を強めたりします。
そこで、従業員の復帰に際して「経過を見ながら、業務量を調整していく用意がある」ことを説明するなど、従業員が前向きに業務に取組める雰囲気づくりにも留意します。
事前に復帰後の計画を立てていても、想定していなかった課題が復帰後に見つかるケースは多々あるので、従業員とは定期的にオンライン面談の時間を設けるなどして、勤務の負担感や安全面での不安など、困り事がないかを確認しましょう。
また、本人だけでなく、支援する周囲の従業員とも面談の機会を設けます。特に、直属の上長の不安や負担は大きいもの。周囲の従業員の様子とともに、上長の状況なども確認し、必要があれば業務分担の配分を変更したり、メンタル面でのフォローをしたりするようにしましょう。
以上
(執筆 日本情報マート)
(監修 人事労務すず木オフィス 特定社会保険労務士 鈴木快昌)
2022年1月
日本生命保険相互会社 法人営業企画部 法人営業開発室 監修
日本2021般―277(2022.3.18)