カスタマーハラスメント(カスハラ)とは、「顧客等(顧客や取引先等)からの著しい迷惑行為」のことです。従業員から企業に寄せられるハラスメント相談でも、顧客等からの著しい迷惑行為に関するものはかなり多く、社会問題となっています。
そこで、この記事ではカスハラ対応の具体的なイメージをつかんでいただくため、さまざまな業種における「6つのカスハラ事例」を紹介します(BtoB、BtoC両方の事例あり)。また、次の記事では、カスハラの概要や対応の基本について紹介していますので、こちらもよろしければご確認ください。
1.顧客が従業員に「謝罪に来い!」と要求してくる
1)ケーススタディー
Aさんは、ある家庭用品の販売担当者です。ある顧客から「買ったばかりの商品が壊れた! 自宅まで謝りに来い!」と電話がかかってきました。Aさんの上司は、たまたまAさんが泣きそうになりながら対応しているのを目撃しました。
2)対応のポイント
まずは、顧客対応者であるAさんが、「いつ商品が壊れたのか」「何をしていて壊れたのか」等の事実や、不満・要求等の顧客の主張を、慎重に聞き取ります。ちゃんと言い分を聞くと、冷静さを取り戻した顧客が、「謝りに来い!」という要求を取り下げる場合もあります。
顧客の言動がカスハラかもしれないと感じた場合は、上司(現場監督者)に対応を相談します。事実関係を確認するまでは、顧客の自宅に謝りに行く約束をしてはいけません。そのような要求に対しては「自分では判断できない」旨をお伝えして、上司に対応を相談します。「商品が壊れたから謝罪に来い!」という顧客の要求が、カスハラかどうかは上司が判断します。
商品に欠陥があったとしても、法的には訪問謝罪をする義務はないので、顧客がそうした要求を続けるなら、カスハラまたはそれに近い言動と判断できます。その場合は、上司等が対応を代わり、要求を明確に拒否する等の毅然とした対応を取ります。また、Aさんがストレスを受けた様子であれば、産業医に相談する等のケアを検討したほうがいいでしょう。
企業としては、一定の言動について「どこまでいったらカスハラと考えてよいか」という社内基準を設けておくと、現場での対応がしやすくなります。社内基準の例は次のとおりです。
- 明らかに応じる義務がないのに、具体的な金額を出して金銭的要求をした
- 担当者が説明をしたのに、同じ内容の主張を○回以上繰り返す
- 電話が○分以上に及ぶ 等
この他、パワハラ対策などと同じく、従業員のメンタルケアサポートができる体制も整えておきたいところです(これは他のカスハラの事例についても同様です)。
2.老人ホームの入居者の息子が、職員にたびたび暴言を吐く
1)ケーススタディー
Bさんは、老人ホームを運営する企業に勤めています。老人ホームのある入居者には、入居契約の保証人をしている息子がいるのですが、この息子は何か不満があると、Bさんら職員に「馬鹿野郎」「おまえなんかやめちまえ」「あんなのクビだろ」「ここを出ていく時はスタッフを個人名で訴える」等の暴言を吐いてきます。
2)対応のポイント
息子の発言は、「社会通念上許容される範囲を超えたもの」として、カスハラとなる可能性が高いです。Bさんら職員はこうした言動に接したら、速やかに現場監督者に報告・相談します。
入居契約の解除や損害賠償請求等の法的手続を検討すべき案件なので、証拠とするために、言動の内容を「業務報告書」等の記録に残します。「5W1H(いつ・どこで・誰が・何を・なぜ・どのように)」を押さえつつ、言動の内容はできるだけ要約せず、そのまま記載するのがポイントです(証拠能力が高まります)。
事実確認は、相談・報告を受けた現場監督者が行います。従業員が大きな不手際や失言をしている等、企業側にも謝るべきところがあるかもしれないので、暴言の内容だけでなく、暴言に至った経緯についても確認しましょう。
カスハラと判断した場合は、毅然と顧客に対応します。現場監督者が暴言を止めるよう警告することが考えられますが、口頭で響かない人には書面で警告します。入居契約書に「信頼関係が破壊された場合には契約解除できる」等の条項がある場合、警告に従わなければ契約解除もあり得ると通知するのも有効です。法的手続については、弁護士に相談するべきでしょう。
企業としては、あらかじめ「企業(または業界)としてカスハラ対策に取り組んでいる」ことを顧客に周知しておくと、カスハラを防ぎやすくなります。次のような方法が考えられます。
- 入居契約時に、カスハラをしないこと、カスハラがあれば契約解除等の対応を取ることを明確に伝える
- 施設内にカスハラ防止を訴えるポスターを掲示する 等
また、法的手続に出る場合は証拠が重要になるので、前述した「業務報告書」等をどのように記載すべきか、従業員に周知・教育することも大切です。契約解除等の法的手続となると、法務部等を含めた全社的な対応が必要となり、現場監督者では判断できない事項も出てきますから、社内手続や他部門との連携についても明確にしておきましょう。
3.コールセンターの従業員に、セクハラ発言等を繰り返す人がいる
1)ケーススタディー
Cさんは、顧客からの電話で問合せを受けるコールセンターに勤務しています。ただ、電話をしてくる人の中には、「声がかわいいね、年はいくつ?」とか「今度ご飯でも行かない?」等のセクハラ発言を繰り返す人や、クレームへの対応に納得できないと、「小学生でも分かる話だろ。どうして分からないの!」「おまえみたいなバカがいるから企業が駄目になるんだよ!」等と怒鳴って、1時間以上も通話を続ける人がいます。
2)対応のポイント
コールセンターでのカスハラでは、次のような言動がよく見受けられます。
- 性的な言動を繰り返すセクハラ型
- 怒鳴り声と人格否定を繰り返す精神的攻撃型
- 延々と同じ要求を繰り返して電話を切らせない拘束型
- 同じ内容のクレームで何度も電話をかけてくる繰り返し型 等
本件のような言動は、頻度・継続性や経緯・状況等の事情に照らして、「社会通念上許容される範囲を超えたもの」(カスハラ)と判断できる可能性があります。コールセンターの電話対応者は、仕事上「傾聴の姿勢」で顧客に向き合うことが重視されますが、限界はあります。本件のような事案が発生した場合は、現場監督者に報告して情報共有します。
現場監督者は、その場でカスハラと判断できる場合には、担当者に電話を切るよう指示する、担当者を代える等の対応をします。また、コールセンター自体がストレスのたまりやすい仕事で、カスハラかどうかが判断しにくい「グレーゾーンの言動」であっても、それが続くとメンタルヘルスに不調を来してしまうことがあります。日常的にクレームを担当している従業員については、定期的に面談したり、「いつもと違う様子」(遅刻や休みが増えた、ミスが目立つ、イライラしている等のメンタルヘルス不調のサインといえる行動面の変化)が見られないかに注意したりするといったケアが必要です。
企業としては、コールセンターの電話対応マニュアルを作成して、次のような事項についてルールを決めておくと、担当者の不安を軽減でき、一貫した顧客対応が可能になります。
- 対応時間(最長45分等)を決めておく
- 現場でカスハラと判断できる分かりやすい基準(1日当たり○回以上電話をかけてくる、1回の電話が○分以上に及ぶ、制止したのにセクハラ発言をやめない等)を設ける
- カスハラと判断した場合の対応(現場監督者に対応を代わる、電話を切る旨を伝えて切る等)を明確にしておく
- 通話を録音し、そのことを顧客に事前に伝える 等
4.顧客がSNS上で、従業員個人を攻撃してくる
1)ケーススタディー
Dさんは、通信業を営む企業のカスタマーセンターで働いています。ある顧客が通信回線のトラブルについてカスタマーセンターに電話してきたのですが、規約上返金対象でないことが明らかなトラブルでした。しかし、Dさんがその旨をご案内したところ、顧客は納得せずに激高して「あんたの名前は押さえたから。ツイートしとくわ」と言って電話を切りました。そして、後にSNS上で「Y社のカスタマー対応は最悪です。特にD。上から目線で失礼極まりない。録音もしたから拡散したるわ」等の投稿が行われました。
2)対応のポイント
Dさんは、電話を切られた時点で、その内容を現場監督者に報告します。本件の場合、Dさんの個人情報をSNSでさらす行為は名誉毀損罪、録音を拡散するという表現は脅迫罪に該当する可能性がありますから、警察に相談に行くことを考えてもらいます。その場合、現場監督者は必要に応じてDさんに付き添います。
また、投稿によって、企業の公式アカウントが炎上する(クレームのリプライやDMが殺到する)ような事態になった場合、業務妨害罪に該当する可能性があります。その場合、企業としても、警察に被害相談や刑事告訴をすることが考えられます。
民事的な対応としては、ツイートしたアカウントに警告を発することで削除されることも多いのですが、情報流通プラットフォーム対処法(旧プロバイダ責任制限法)の発信者情報開示請求を利用して、発信者を突き止めた上で損害賠償請求等をすることも考えられます。これらは専門的な対応ですので、弁護士のサポートが必要となります。
本件のような事案を予防するための事前の準備としては、次のような対応が考えられます。
- 従業員に対して「傾聴の姿勢」等の顧客対応を周知・教育する
- 顧客の不穏な発言があれば記録して、現場監督者に報告するルールを周知・教育する
- 顧客の名前・連絡先を確認する
- 通話を録音し、そのことを事前に顧客に伝える 等
5.取引先の担当者が、自社の従業員を食事やデートにしつこく誘う
1)ケーススタディー
Eさんは、他社に高額な機器を販売する企業で営業職をしています。Eさんは、有望な取引先候補の企業の担当者(Eさんとは異性)に営業をかけていましたが、担当者は購入の判断をはっきりさせず、Eさんに「いいお店があるんだ。飲みに行こうよ」と、しつこく2人での会食の誘いをしてきます。
2)対応のポイント
取引先等の重要人物から会食等に誘われ、セクハラの被害に遭うケースは珍しくありません。本件は営業をかけている過程の出来事なので、Eさんが断っても相手がしつこく誘ってくる場合は、「社会通念上許容される範囲を超えたもの」としてカスハラになる可能性が高いです。
こちらは営業の一環と思っていても、相手側が自分に好意があると誤解する「勘違い型」のセクハラもあります。Eさんの場合、取引先の担当者がしつこければ、現場監督者に相談するのが望ましいです。
Eさんから相談を受けた上司としては、慎重に事実確認をした上で、カスハラまたはそれに類似する言動として対応することを検討します。Eさんの上司から取引先の担当者に警告することが考えられますが、事実確認の一環で事情聴取をする場合は、担当者が所属する取引先の企業に協力を求めることになります。
本件のようなケースの事前対策は限られますが、従業員や現場監督者に「重要な取引相手であっても、カスハラは許されない」「現場監督者が部下から相談を受けた場合は、誠実に対応すべきである」と周知・教育することが重要です。なお、BtoB(企業間取引)のカスハラ事案は、現場監督者だけでなく、法務、営業、経営等を含めた全社的な対応が必要となることが多いので、全社的対応の責任部門(責任者)とその権限等を、あらかじめ定めておくことも重要です。
6.取引先の社長が、自社の従業員に威圧的な言動等を繰り返す
1)ケーススタディー
Fさんは専門商材を流通業者に販売する商社に勤務し、10年来の大口取引先である企業を担当しています。大口取引先の社長は、以前からFさんらに対して、気に入らないことがあると、「おまえのせいで、うちがお宅との取引をやめたら責任取れるの?」等とたびたび大声で叱責します。「出張の際に空港まで車で迎えに来てほしい」等、契約外の要求をしてくることもあります。Fさんが取引先をアポなしで訪問した際に、「おまえはアポなしで客を訪問できるほど偉いのかい。何様だよ」等と、1時間以上にわたって大声で説教したこともありました。
2)対応のポイント
Fさんは速やかに現場監督者に相談し、現場監督者は事実確認の上、社長の言動が「社会通念上許容される範囲を超えたもの」(カスハラ)かどうかを判断します。必要に応じて担当者を交代する等して、Fさんらを守ることが大切です。
なお、事実関係の確認において、社長の主張を確かめるために取引先に協力を要請することがありますが、本ケースの場合は、相手が10年来の大口取引先の社長ということで、Fさん側の企業としては、最悪契約取引が終了することも覚悟の上、毅然と対応する必要があります。
また、こうした事案で注意しなければならないのは、現場監督者である上司などが、「相手が大口取引先だから」と忖度(そんたく)して、問題を握り潰してしまい、経営層にまで情報が届かないケースです。社内研修等を通じて、「大口取引先であっても人権侵害は許されない」という経営陣の強い決意を示すとともに、上司らが悪質な事案を認知した場合は、速やかに経営陣や全社的なカスハラ対応をする部門・責任者に、報告するルールを明確にしておくべきです。
以上
【執筆者】
弁護士 坂東利国
東京エクセル法律事務所パートナー
東京弁護士会・日本労働法学会所属、一般財団法人日本ハラスメントカウンセラー協会顧問
<著書>「人事に役立つ ハラスメント 判例集50」(マイナビ出版 2020年3月)、「管理職用 ハラスメント研修の教科書」(マイナビ出版 2020年9月)など多数
人事・労務関係を中心とした企業のリスク回避のための予防法務および交渉や訴訟等の個別案件を扱い、ハラスメント管理職研修などの社内研修講師も行う。
生-,法人開拓戦略室