カスタマーハラスメント(カスハラ)とは、「顧客等(顧客や取引先等)からの著しい迷惑行為」のことです。例えば、人格を否定する暴言を繰り返す、土下座を強要する等の言動がそうです。顧客や取引先等(顧客等)からのクレームには、商品やサービスの改善につながる正当なものもありますが、カスハラはそれとは違う、不当・悪質なものです。
従業員から企業に寄せられるハラスメント相談でも、顧客等からの著しい迷惑行為に関するものはかなり多く、カスハラの被害に遭った従業員が自殺してしまったという報道も見られ、社会問題となっています。カスハラから従業員を守ることは、人権尊重を標榜する企業にとって重要な課題です。
そこで、この記事で、カスハラの概要や対応の基本を紹介します。ぜひ参考にしてください。また、次の記事では、より具体的な対応のイメージをつかんでいただくため、「6つのカスハラ事例」を紹介しています。こちらもよろしければご確認ください。
1.カスハラの定義と判断
1)カスハラの定義
改正後の労働施策総合推進法によると、カスハラの定義(要件)は、「職場において行われる顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者(顧客等)の言動」であって、
- その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより
- 当該労働者の就業環境が害されること
とされています。
顧客等の言動と上記の2つの要件を照らし合わせ、カスハラかどうかを判断します。2つの要件に該当する顧客等の言動は、「人権侵害」(違法行為・不法行為)であると考えられます。
カスハラに該当する可能性が高い言動の例は次のとおりです。

(出所:厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」、日本労働組合総連合会「カスタマー・ハラスメントに関する調査2022」を基に作成)
カスハラは人権侵害の一種であり、民法上は「不法行為」(故意・過失によって他人の権利や法律上の利益を侵害する行為)、刑法上は「暴行罪」「傷害罪」「器物損壊罪」「強要罪」「不退去罪」「業務妨害罪」「名誉毀損罪」「不同意わいせつ罪」等に該当し得ます。
2)具体的な判断方法
顧客の言動がカスハラに該当するかどうかは、要件1.にあるとおり、「その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情」を考慮して、「社会通念」に照らして「許容される範囲を超えたもの」といえるかで判断します。
考慮すべき事情となる「業務の性質その他の事情」として、次のものが考えられます。
- 業務の性質(業種/電話対応、窓口対応、店舗対応/顧客等への特別の対応を要する取引関係等)
- 言動の目的・動機(嫌がらせ目的等)
- 言動の態様(身体的な攻撃/人格攻撃・侮辱/威迫/過剰・長時間の対応要求/不利益を示唆する/名誉毀損等)
- 言動の頻度・継続性
- 当該言動が行われた経緯や状況(従業員の顧客対応が不適切だった/顧客対応や商品に落ち度がない等)
ただ、このような諸事情を総合的に考慮するので、同じ内容の言動でも、その時々で「社会通念上許容される範囲を超えた」と評価されたり、そこまでの言動とはいえなかったりする場合があります。
2.カスハラ対策の必要性と法改正の動向
1)カスハラ対策の必要性
企業にとって、カスハラには次のようなリスクがあります。
- 通常業務の遂行に悪影響が出る
- 従業員の意欲や企業への貢献意欲(エンゲージメント)が低下する
- 被害を受けた従業員がメンタルの不調を抱え、休職・退職してしまう
また、従業員が企業を訴えるリスクにも注意が必要です。企業は、従業員の生命、身体等の安全を確保するために必要な配慮をする「安全配慮義務」を負っています。カスハラであれば、防止措置を講じ、カスハラが発生した場合に従業員の相談を受け、被害者のケア等の事後対応をするといった配慮が必要です。
これらの配慮を怠り、従業員を十分に守らなかった場合、従業員の怒り・憤りが、「自分を守ってくれなかった」と企業に向いてくることがあります。実際、従業員が企業に対して、安全配慮義務違反による損害賠償を請求して、裁判に発展した例もあります。
2)カスハラに関する法改正の動向
カスハラは、民法や刑法に抵触する可能性がある一方で、これまでカスハラをピンポイントで取り締まる法律はありませんでしたが、2025年6月4日、カスハラ防止のために雇用管理上必要な措置を企業に義務付ける労働施策総合推進法の改正法が成立しました(改正法の成立後1年6カ月以内に施行予定)。この改正法が成立すれば、カスハラの定義と、カスハラに起因する問題に対応するために、雇用管理上必要な措置を講ずる事業主の義務が、法律により明確に定められることになります。
また、地方レベルでは、東京都や北海道、群馬県等がカスハラを防ぐために制定した条例が、2025年4月から施行されています。例えば、東京都の場合、東京都内の事業者(企業)に対し、努力義務ではあるものの、東京都の施策に協力しつつ、カスハラから就業者(従業員)を守るための体制の整備、カスハラ防止のための手引きの作成等が求められています。
3.企業としてのカスハラ対応
1)事前の準備と事後対応
企業としてカスハラ対応をする場合の取り組みは、次のように、事前の準備と事後対応に分けて考えるとよいでしょう。

(出所:厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を基に作成)
大まかな対応の流れは従業員間のハラスメント(パワハラ等)と同じですが、カスハラの場合、社外の顧客等が加害者であるため、次のような点に注意が必要です。
- 従業員間のハラスメントのように、社内研修等を通じて、ハラスメントをしないよう教育するのが難しく、予防がしにくい
- 加害者への事情聴取等も従業員間の場合より難しい。人事部以外の関係部署も連携して、場合によっては弁護士や警察等社外の協力も仰ぎ、全社的に対応する必要がある
2)事前の準備
1.事業主の基本方針・基本姿勢の明確化、従業員への周知・啓発
組織のトップが「企業としてカスハラを許さず、従業員を守る」という意志とカスハラ対策の内容を、基本方針・基本姿勢として明確に示し、従業員に周知・啓発して、教育します。
(基本方針に定める要素の例)
- カスタマーハラスメントの内容
- カスタマーハラスメントは自社にとって重大な問題である
- カスタマーハラスメントを放置しない
- カスタマーハラスメントから従業員を守る
- 従業員の人権を尊重する
- 常識の範囲を超えた要求や言動を受けたら、周囲に相談してほしい
- カスタマーハラスメントには組織として毅然とした対応をする 等
顧客等への事前の周知・啓発は容易ではありませんが、例えば、小売店であれば、基本方針を店内に掲示して顧客に周知すること等もできます。
2.従業員(被害者)のための相談対応体制の整備
カスハラを受けた従業員が相談できるよう相談窓口や相談対応者を決め、従業員に周知します。また、相談の内容や状況に応じて全社的な対応ができるよう、人事労務部門や法務部門、弁護士等と連携できる体制を構築することがポイントです。
相談対応者は、カスハラの相談を受付るだけでなく、事実関係の確認や、顧客等への対応方法の検討・実施する役割も担うことが多いです。場合によっては、現場に急行して顧客等に対応し、その場でカスハラかどうかを判断することもあるので、こうした対応がしやすい現場監督者が相談対応者になるのが望ましいです。
3.対応方法、手順の策定
カスハラを受けた際に慌てず適切な対応が取れるよう、現場での初期対応の方法・手順を決めておきます。現場対応だけでは解決できないケース(法的な手続や、警察や弁護士等との連携が必要な場合等)があるので、本部・本社への報告が必要な事項や、報告する場合の手続を事前に決めておくことも大切です。
4.社内対応ルールの従業員等への教育・研修
顧客等からの迷惑行為や悪質なクレームに対応できるよう、研修等で従業員を教育する機会をつくります。中途入社の従業員やアルバイト等も含め、可能な限り全員が受講し、かつ定期的に実施することが重要です。
3)事後対応
5.事実関係の正確な確認と事案への対応
カスハラの可能性がある事案が発生した場合、それが本当にカスハラなのかを判断するため、顧客等の主張を基に、(確かな証拠・証言に基づいて)事実関係を確認します。
基本的には、現場の状況に精通した現場監督者が事実関係の確認を行い、事案への対応を決定します。例えば、カスハラと判断したら、顧客等にお帰りいただく、出入り禁止を通告する、契約解除を通知する等の対応をします。
6.従業員への配慮の措置
顧客等が、殴る、蹴る、物を投げるといった暴力行為や、身体に触るといったセクハラ行為をしてくる場合は、まず従業員の安全を確保する必要があります。例えば、現場監督者が対応を代わって顧客等から従業員を引き離し、状況に応じて、弁護士や管轄の警察と連携を取りながら、本人の安全を確保します。
また、従業員の精神面への配慮として、メンタルヘルス不調の兆候があれば、カウンセラーや産業医等の専門家に相談対応を依頼して、アフターケア等を行います。
7.再発防止のための取組
従業員の接客態度によりクレームがカスハラに発展するようなケースでは、接客対応を改善することで再発を防止できる可能性があります。発生したトラブルの事例を社内で共有することも、再発防止に有効です。
4.現場での初期対応ですべきこと
前章でカスハラ対応の全体像を紹介しましたが、やはり大切なのは現場での初期対応です。現場における、クレームをカスハラに発展させないための基本的なポイントを見ていきます。
1)誠意ある態度で、顧客等の主張を傾聴する
まずは基本的な接遇マナーを見直しましょう。次のような点がポイントです。
- 誠意ある態度で接する(丁寧な言葉遣いを意識する、できる限り平易な表現で説明する、途中で発言を遮ったり反論したりしない等)
- 「傾聴」する(顧客等の主張・要求が正しく理解できているかを確認するという姿勢で、顧客等の主張・要求を理解することに努める等)
顧客等の話を傾聴した上で、事実について顧客等に勘違いがある場合、正しい情報を提供して誤解を解消します。逆に、明らかにこちらに非がある場合、その点については謝罪します。
謝罪する場合は、対象となる事実・事象を明確にした上で、こちらに非がある部分についてのみ謝罪します。状況が把握できていない段階では、企業として全面的に非を認める発言はしません。企業として非を認めて謝罪するのは、事実確認をして社内で判断してからです。
- ○「このたびは不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ありません」
- ✖「当社の責任です。申し訳ありません」
2)要求への回答が必要な場合
現場で最初に対応する「顧客対応者」が判断できる事項については、「できる」「できない」を簡潔に伝えて構いません。顧客対応者が判断できる事項とは、判断の根拠(法令/契約内容/当社の取扱い/他のお客様の不利益・迷惑 等)を的確に示せる場合です。
顧客対応者レベルで判断できない場合、自分では判断しかねる旨を伝えて、速やかに同僚や上司の支援を求めます。
常識的に考えて要求にしたがう必要性が感じられないのに、次のように個人的な約束や決断を要求してくる顧客等に対しては、応じるべきではありません。
- そんなことも答えられないのか
- 企業として対応することを約束しなさい。それくらいの約束はできるでしょう
- あなたの人としての考えを問うているんですよ 等
こうした場合は、「今この場でお約束(お答え)はできません。企業で検討してご回答します」と伝えれば十分です。企業としての判断や行動を自社に持ち帰って検討した程度のことでは、契約違反等とされることはありませんし、企業の担当者として対応している場合に個人的な判断を表明しなければならない義務もありません。個人的な判断を表明してしまったばかりに、その判断を個人攻撃に利用する悪質クレーマーもいるので注意が必要です。
3)カスハラかどうかを判断するのは現場監督者
顧客等の言動がカスハラに該当するかどうかを判断して対応を決めるのは、基本的には現場監督者です。顧客対応者は、カスハラの可能性やカスハラに発展する可能性を感じたら、速やかに現場監督者に報告・相談して、判断を仰ぎます。すぐに報告できない場合でも、事後に報告(相談)して、情報共有するのが望ましいです。
カスハラに該当するかどうかの判断は容易でないため、顧客対応する従業員が勝手な判断でカスハラに対応すると、かえって事態が深刻化する恐れがあります(カスハラではないのに、誤ってカスハラと判断してしまうなど)。
以上
【執筆者】
弁護士 坂東利国
東京エクセル法律事務所パートナー
東京弁護士会・日本労働法学会所属、一般財団法人日本ハラスメントカウンセラー協会顧問
<著書>「人事に役立つ ハラスメント 判例集50」(マイナビ出版 2020年3月)、「管理職用 ハラスメント研修の教科書」(マイナビ出版 2020年9月)など多数
人事・労務関係を中心とした企業のリスク回避のための予防法務および交渉や訴訟等の個別案件を扱い、ハラスメント管理職研修などの社内研修講師も行う。
生-,法人開拓戦略室