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社会情勢の変化からますます高まる金融教育の役割と重要性

財務担当者向け情報

2023-07-20

ニッセイ基礎研究所 福本 勇樹 金融研究部 金融調査室長

目次

1.金融教育とは?-なぜ金融教育が必要なのか

日本銀行が事務局を務める金融広報中央委員会のホームページ「知るぽると」によると、金融教育とは「お金や金融の様々な働きを理解し、それを通じて自分の暮らしや社会について深く考え、自分の生き方や価値観を磨きながら、より豊かな生活やよりよい社会づくりに向けて、主体的に行動できる態度を養う」教育のことを指します(金融広報中央委員会:1.金融教育のねらいと基本的性格「(1)金融教育とは?」)。

2022年の民法改正によって成年年齢が18歳に引き下げられました。金融機関によっては高校生の場合は原則不可となっている場合もありますが、例えば銀行口座や証券口座の開設、生命保険や損害保険の契約、クレジットカードの発行やローンの契約などは、親権者の同意がなくても18歳になればできるようになっています。成年年齢の引き下げに伴って、政府は「若年者の消費者被害等を防止するための主な施策」の中で事業者に対して過剰な借入や悪徳な貸し付けなどを抑制するような対応をとっていますが、若い世代の方に限らず、自ら金融経済に関する知識を高めていくことで金融トラブルを回避していくことも必要だと言えます。このように、早期に自立して生活設計や家計管理を実践していくことが社会的に求められる環境になっているため、金融教育の役割や重要性がますます高まっています。

2019年には「老後2,000万円問題(「老後30年間で約2000万円の資金が不足する」とする金融庁の報告書における試算結果)」(金融庁:金融審議会市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」)が話題なりました。NISAやiDeCoなどの各種投資促進のための制度が整備され、個人投資家は様々な金融サービスにアクセスすることが可能になっており、各自のリスク・リターン目標や制約条件に合わせて、将来の人生設計に向けて資産形成を行えるようになっています。法律や規制の役割も重要ですが、個人投資家自身も主体的に金融や経済の知識を得ながら、適切な金融商品を選択していくことも必要でしょう。

金融や経済に関する知識や判断力のことを一般的に「金融リテラシー」と呼びます。金融広報中央委員会が実施した「金融リテラシー調査(2022年)」では、18歳~79歳の3万人をサンプルとして金融リテラシーに関する正誤問題(25問)の正答率を調査しています。年齢階層別正答率をみると、年齢が高くなるにつれて正答率が高まる傾向がみられます。また、金融教育を受けた人や、金融・経済情報を見る頻度が高い人ほど正答率が高まる傾向がみられます。更に、正答率が高い人ほど金融トラブルを経験した割合が小さく、所得水準や金融資産規模と正答率との相関関係もみられます。金融広報中央委員会による「金融リテラシー調査」はこれまでに3回実施されていますが、これらの特徴はすべて同じ傾向を示しています。

日本では、年齢が高くなるにつれて金融リテラシーの水準が高まる傾向あることから、金融に関する知識や行動はどちらかといえば「経験で学んでいくもの」という側面が強かったものと考えられます。そのため、学生等の若い世代に対して早くから金融教育を実施していくことで、日本全体で金融リテラシーを効果的に底上げできることが期待できます。

日本では、2021年度より中学校の社会科で金融教育が始まりました。また、2022年度より高校の公民科や家庭科において金融経済に関する教育内容の拡充が行われています。また、学校教育だけではなく一般の方に向けた金融教育についても広く情報提供されています。例えば、金融庁のホームページでは学習指導要領に対応した高校生向けの指導教材「高校生のための金融リテラシー講座」が提供されていますが、高校生に限らず一般の方でも学習できるようになっています。更に、官公庁のみならず民間企業においても、金融に関する教材の提供や専門講師を派遣するなどして、日本全体の金融リテラシー向上を積極的にサポートしています。

2.資産所得倍増プランのカギとなる金融教育-金融リテラシーと所得水準の関係

これまでも高校の家庭科での金融教育においても資産形成、保険や株式といった金融に関する基本知識の内容はありましたが、新指導要領では「資産形成」の内容が拡充されており、例えば債券や投資信託の内容も含めたメリットやデメリットについて学習するようになっています。高校の家庭科において資産形成を中心に金融教育の内容が拡充された背景には「人生100年に向けた長期の資産形成を国民に促したい」とする意図があるようです。2022年8月に公表された金融庁の「2022事務年度金融行政方針」には、「国民の安定的な資産形成のため、『資産所得倍増プラン』を策定することも踏まえ、NISAの抜本的拡充や国民の金融リテラシーの向上に取り組むともに、金融事業者による顧客本位の業務運営の確保に向けた取組みを促す」とあります。

また「金融リテラシー調査(2022年)」でも触れましたが、金融リテラシーの水準と、所得や金融資産の水準の間に相関関係がみられることから、若い世代への金融教育の実施は、金融リテラシーの向上を通じて、将来の所得や金融資産の水準の向上にもつながることが期待されます。その意味で、着実に資産所得倍増プランの効果を得るためには、日本における金融リテラシーの底上げが必要条件になってくるものと考えられます。

2015年に公表された金融リテラシーの水準に関する調査(Financial Literacy around the World, Standard & Poor’s Ratings Services Global Financial Literacy Survey)によると、日本の成人において金融リテラシーのある人の割合は43%であったことが紹介されています。この調査では、金融や経済に対する知識事項(ポートフォリオの分散効果、インフレーション、金利、複利効果)について4問中3問以上正答すると「金融リテラシー」があると判断しています。デンマーク(71%)、ノルウェー(71%)やスウェーデン(71%)といった北欧諸国において金融リテラシーのある成人の割合が最も高く、次にカナダ(68%)、イスラエル(68%)、英国(67%)、ドイツ(66%)やオランダ(66%)といった国々が続きます。先進国における金融リテラシーの水準は相対的に日本よりも高い結果になっています。

この調査結果では、金融リテラシーの水準と一人あたり名目GDPとの関係について言及されています。図表は、各国の「(この調査結果における)金融リテラシーのある成人の割合(2015年)」と「一人あたり名目GDP(2021年)」を並べてみたものです。一人あたり名目GDPはその国の平均的な豊かさの水準を測る指標としてしばしば使用されます。一人あたり名目GDPが2万米ドル(約260万円)以上の国・地域に着目すると、金融リテラシーのある成人の割合が高くなるにつれ、一人あたりの名目GDPも大きくなる傾向があることが分かります。この理由の一つとして、労働からの収入だけではなく、資産運用からの収入も加わるためと推察できます。

IMF(国際通貨基金)のデータによると、2021年の日本の一人あたりGDPは35位(注:執筆時点の数値によるもので、国の定義はIMFの分類に基づく)と、前年よりも4つ順位を落としています。日本における金融リテラシーの向上という課題は、家計における将来の生活設計に留まらず、今後の日本経済を占う上でも重要なテーマであると言えるのではないでしょうか。

図表:金融リテラシーのある成人の割合(2015年)と一人当たり名目GDP(2021年)の関係

図表:金融リテラシーのある成人の割合(2015年)と一人当たり名目GDP(2021年)の関係

(資料:IMFとS&Pのデータから作成)

3.まとめ:生涯学習として金融や経済を学んでいくことが大切

金融や経済を取り巻く情勢は変化が激しく、日々刻刻と変わっていきます。そのため、学校教育としてのみならず、生涯学習の一環として、社会に出てからも必要に応じて金融や経済について学んでいくことが理想的だと思います。

以上

(執筆 ニッセイ基礎研究所 金融研究部 金融調査室長 福本 勇樹)

生23-2458,法人開拓戦略室

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