売上先などの取引先が突然倒産してしまうと、企業が保有している売掛債権は、多くの場合、回収ができないか、できたとしても数%の回収しか見込めなくなってしまいます。新型コロナウイルス感染症などによって経営環境が大きく変化したりすると、売掛債権のリスクは一気に顕在化します。
また、取引先が反社会的勢力であることが後に判明してしまった場合には、反社会的勢力に対し利益供与を行ったなどと非難され、企業の社会的な信用やレピュテーション(評判)が低下してしまうことにもつながります。
このように、将来の貸し倒れを防止したり、企業の社会的な信用を維持したりするために、取引先の与信管理、とりわけ新規取引を行う際のチェックはとても重要です。
そこで、新規取引先をチェックする方法や進め方、留意点などを紹介します。
1 新規取引先をチェックする3つの方法
新規取引先のチェックは、主に次の3つの方法で情報収集を行い、総合的に判断します。
- 企業の基本的な情報についての情報収集
- ホームページや信用調査会社などによる情報収集
- 代表者などに対するヒアリング
それぞれ、具体的に見ていきましょう。
2 企業の基本的な情報についての情報収集
まず、次のような取引先企業の基本的な情報を入手します。
- 登記簿謄本
- 株主名簿(主要株主の確認)
- 事業報告書
- 計算書類や税務申告書等の決算書類等
- 主要な取引銀行や取引先一覧
- 資金繰表や事業計画等
これらの情報を確認する際、いくつか注意点があります。これからお伝えする注意点は、知らずにいると、「危ない取引先」を見逃してしまうかもしれないものです。あらかじめ押さえておきましょう。
例えば、「株主名簿」を確認する際は、親会社などの支配株主が存在するか確認する必要があります。親会社がいる場合には、当該親会社などについても、他の項目についても、新規取引先と同様の情報を取得する必要があります。
また、「計算書類や税務申告書等の決算書類等」を確認する際は、会社法上の決算書類である計算書類を確認した上で、これとは別に、法人税に関する税務申告書を確認します。
会社法上の計算書類は、大会社(資本金5億円以上または負債総額200億円以上の要件を満たす企業)であれば、会計監査人(公認会計士または監査法人)が監査を行う必要がありますので、監査報告書も入手することが考えられます。
一方、その企業が大会社でない場合には、通常、会計監査人による監査は行われていません。その場合、計算書類等が正確かどうかは分からないため、税務申告書を入手した上で、計算書類と税務申告書が整合しているかをチェックします。
その際、その税務申告書が「税務署に提出したものである」ことを確認するため、税務署の受付印や電子申告の控えなども併せて入手します。
ただし、税務申告書についても、会計監査を受けているわけではありませんので、正確性が担保されていない点に注意が必要です。
税務調査が行われる可能性があることは、税務申告書の信頼性を担保する方向に働きます。しかし、売上や利益を増す方向での粉飾決算をしている場合には、「税金を多く払うことになる」ため、税務当局からも強い指導を受けずに、粉飾決算が見逃されている可能性があります。この点は、忘れないようにしましょう。
さらに、その企業が銀行取引を拒絶されていないかなどを確認する観点から、主要な取引銀行もチェックします。
加えて、その企業の主要な取引先についても確認し、主要な取引先が破産した場合に連鎖倒産などしてしまう恐れがないか、売上が特定の企業に偏っていないかなどについての調査も必要です。
また、決算書はあくまでも企業の過去の業績です。仮に、過去の業績が良くても今後同じように順調に業績が伸びていくか分かりません。そのため、事業計画など、今後の業績見通しがどうなのかを確認できる情報も入手したほうがよいでしょう。
3 ホームページや信用調査会社などによる情報収集
企業の基本的な情報については、前述した株主名簿や決算書などの書類の他、その企業のホームページや、日経テレコンなどの検索サイトで検索してみることが大切です。
その際、企業(法人)について検索するとともに、代表者や主要な役員、主要な株主についても検索し、過去に事件などを起こして報道されていないか、ネットにおけるレピュテーションで問題となるものはないかなどを確認しましょう。
代表者や主要な役員、株主などは、SNSもチェックし、問題となりそうな「危ない付き合い」などがないかも確認することをお勧めします。
また、東京商工リサーチや帝国データバンクといった信用調査会社から情報を入手することも有用です。
ケースバイケースではありますが、信用調査会社の担当者は、これまでの調査経験などから、「危ない取引先を見分けるには、調査のどの項目をどのように見たらよいか」といったノウハウを、ある程度持っている場合があります。
そうした「調査の見方」を、信用調査会社の担当者に質問してもよいかもしれません。調査結果を見極める際の参考になるでしょう。
4 代表者などに対するヒアリング
取引しようとしている企業が信用できるかどうかを見極めるには、その企業の代表者などと面談し、直接、事業の内容や今後の業績見通しなどについて話を聞くことが大切です。
特に、まだ新設したばかりの企業なのであれば、起業した経緯や主要な取引先の状況などについてヒアリングをし、2や3で入手した情報と矛盾がないかを確認します。
また、面談の際には、次のような相手の人となりについてもチェックしましょう。
- 代表者などの身なりに問題はないか
- 逆に必要以上に堅苦しくないか
- 発言の際に同行者に常に確認するなど第三者から支配されているような様子はないか
- 威圧的な言葉遣いや態度はないか
- いんぎん無礼であったり、妙に卑屈だったりしていないか
ただし、こうした「人となり」は、見極めるのがなかなか難しいものでもあります。知り合いの経営者や、多くの経営者に会っている弁護士などに相談したり、危ない取引先の代表者に遭遇した経験談を聞いたりするのも一策です。
面談に際しては他にも、次のような点を確認しておきましょう。
- (登記されている本店所在地に実際に赴いて)実際にそこで事業が行われているのか
- ペーパーカンパニーではないか
- 同一の住所に多数の社名が掲げられていることはないか
また、工場などであれば、工場の稼働状況などについても実際に目で見て確認することが有用です。どうしても現場に見に行けないようなときは、できる限り詳細な情報を入手できないか、信用調査会社に相談してもよいでしょう。
また、紹介者がいる場合には、紹介者は信用できる人か、場合によっては紹介者についても、ここまで紹介してきたような方法で確認が必要です。
5 新規取引先についての総合判断
最終的には、上記の2~4で得られた情報を総合的に判断し、取引の可否を検討します。
具体的には、企業の基本情報、事業の状況、過去の決算成績、将来の事業計画、客観的な信用情報、会社代表者の誠実性などについて、総合的に判断する必要があります。
これらの項目について網羅的に確認するために、チェックリストを作成するのも一策です。ただし、チェックリストを使う場合は、形式的なチェックになってしまわないように留意しなければなりません。
最終的な判断は、取引金額などに応じて、複数人で判断することが大切です。まず、その新規取引先の窓口となる担当者が自らの所見で判断した上で、上司や責任者がその承認を行うのが基本的な対応になります。複数人で判断することにより、偏らず、多面的なチェックを行うことができます。
6 ゼロではない取引先リスク 万が一の備えは?
ここまで紹介したように、取引先をチェックすることは、将来の貸し倒れを防止し、また、信用を棄損しないようにするために大変重要です。
しかしながら、たとえどれほど慎重にチェックをしたとしても、将来の状況について完全に見通すことは難しく、完全にリスクをなくすことはできません。ビジネスを行う以上、一定のリスクをとることはやむを得ないものです。
特に、例えばスタートアップの企業などと取引を開始するような場合には、相手(スタートアップなど)が赤字なのはよくあることで、過去の業績にとらわれると、取引ができなくなってしまい、将来その企業が大企業になるかもしれないというチャンスを失うことになります。
そうした企業に対しては、過去の業績より事業の将来性などを重視することが大切ですが、将来性を評価することは容易ではありません。
そのため、取引先企業について保険会社がリスク審査を行い、万が一、取引先企業が倒産したり、支払遅延したりして売掛債権が回収できない場合に、保険金が支払われる取引信用保険に加入して、取引を開始することも有効です。
以上
(弁護士監修のもと、日本情報マート執筆)
生21-34,法人開拓戦略室