新型コロナウィルス感染症の感染拡大といったリスクは、企業の存続に大きな影響を与えます。特に地震や水害は、今後、発生リスクが高まることが予測されており、BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)の策定を急ぐ企業も増えています。
BCPで決めるべきことは多岐にわたるため、一気に策定するのは難しいものです。そこで、まずは従業員の命を守るという視点で、「防災訓練」の見直しから始めてみましょう。
形式化・マンネリ化しがちな防災訓練を、災害時に本当に役立つものにバージョンアップさせるポイントをご紹介します。
1 防災訓練とは 避難訓練や消防訓練との違い
一口に防災訓練といっても、さまざまな意味が含まれていることをご存知でしょうか? 防災訓練とは、災害が発生した場合に適切な行動を取り、被害を最小限に抑えるための取り組みの総称で、避難訓練や消防訓練なども防災訓練の1つです。
防災訓練には、一般的に次のようなものがあります。
- 避難訓練(火災以外を含む):オフィスなどから避難場所まで避難をする訓練
- 消防訓練:(火災を想定した)避難訓練、消火訓練、通報訓練
- 出火防止訓練:電源遮断、ガスの供給停止、石油の漏洩防止の訓練
- 防護訓練:地震によるガラスの飛散、物品の転倒を想定し、我が身を守る訓練
- 救出・救護訓練:救助を要する人の搬送、応急手当などの訓練
- 安否確認訓練:メールや専用のツールなどを使って安否を確認する訓練
- 情報収集訓練:災害情報の収集などを行う訓練
- 机上訓練:BCPなどの手順に従い、メンバーの役割確認や、実際に活動できるかを検討する訓練
防災訓練自体には法令上の定義があるわけではなく、上記全ての内容を行わなければならないわけではありません。
ただし、店舗や事務所など防火管理者を選任している防火対象物で、多数の人が出入りする建物については、消防法によって消防訓練の実施が義務付けられています。
2 これだけは押さえよう。災害時に役立つ防災訓練5つのポイント
自社で実施している防災訓練を振り返ってみると、
「防災訓練の一部を形式的にやっていて、地震や水害などが想定されていない…」
「“訓練”としてマンネリ化している。いざというときに避難できないかもしれない…」
といった課題はありませんか?
本当に役立つ防災訓練とはどのようなものなのか。ここでは、従業員の命や身の安全を守るために必ず押さえておくべき5つのポイントを紹介します。ぜひ、防災訓練を見直す際の参考にしてみてください。
・ポイント1:オフィスを整理・整頓し、家具類などを固定する
災害時、スムーズに避難できるようにするために、オフィスや避難経路の障害物を取り除いて整理・整頓し、家具類などを固定しておきましょう。
意外に見落としがちなのが、各従業員のデスクの下です。地震の際、荷物が多くて机の下にもぐれないということがないように、訓練以外の日でも定期的にデスクの下を整理するように促しましょう。
・ポイント2:ハザードマップなどを確認し、避難場所を定期的に周知する
避難場所は定期的にアナウンスし、周知徹底します。注意したいのは、避難場所が災害の種類やオフィスの立地などによって異なることです。
オフィスの立地にどのような危険があるのかは、「ハザードマップ」で確認しましょう。ハザードマップとは、被害が想定されるエリアや避難場所などを表示した地図のことで、市区町村ごとに作成されています。自社の立地がどのような災害に見舞われやすいのか、災害ごとにどこへ避難すべきかなどを、事前に決めておきましょう。
特に、近年は水害も増えており、火災や地震だけでなく、台風や豪雨なども考慮しておく必要があります。「中小企業白書(2019年版)」によると、自然災害への備えに具体的に取り組んでおらず、その理由として「何から始めればよいか分からない」と回答した企業のうち、「自社の地域のハザードマップを見たことがない」と回答した企業は約70%に上ります。しかも、「自社の地域のハザードマップを見たことがない」企業のうち、約33%には浸水リスクがあるとの結果が出ています。
ハザードマップを確認し、オフィス付近に河川や海がある場合は洪水や高潮が起きやすいのか、オフィスが山間部にある場合は崖崩れや地すべりが起きやすいのかなどの点に注意することをおすすめします。
・ポイント3:人数分の防災グッズを確実に準備する
増員によってヘルメットが不足していたり、非常用持ち出し袋の中に消費期限切れの食料が入っていたりしないでしょうか。こうした場合はすぐに不足分を補充します。
また、災害時に、しばらく自社にとどまる必要が出てきた場合、各従業員に支給している非常用持ち出し袋だけでは食料などが不足することもあります。一般的な目安として、水・食料は最低3日分、できれば1週間分を用意しておきましょう。
・ポイント4:安否確認の手段と報告内容を決めておく
災害時は携帯電話回線がつながりにくくなる恐れがあるため、インターネット回線からもアクセスできる手段を用意します。
安否確認サービスを導入するのが簡単ですが、それ以外の手段としては、LINEなどのツールがよいでしょう。使い慣れている従業員も多く、インターネット回線からも簡単につながります。電話番号やメールアドレス変更のたびに連絡網などを書き換える必要がない点でも便利です。
また、安否確認時は「氏名」「けがの有無」「現在地」「誰といるか」「出社可否(出社不可の場合はその理由)」などの報告内容を決めておくことで、人数確認や状況把握がスムーズになります。
・ポイント5:全員参加で本気で取り組む
防災訓練は、全従業員が真剣に参加しないと意味がありません。そこで、経営者が防災訓練の重要性をメッセージとして発信しつつ、実際に経営者自身が真剣に取り組む姿を従業員に見せるようにしましょう。
また、各消防署などが企業向けに行っている、地震体験車や煙体験ハウスなどを使った避難(防災)訓練を活用してみるのも良いでしょう。体験型の防災訓練は、マンネリ化の防止に加えて、消防署職員などのプロの話を聞くことで、災害への危機意識などを持ってもらうことにもつながります。
3 チェックリストで防災訓練の問題点を確認!
実際に防災訓練を実施する際には、次のようなチェックリストを用いて「役立つ防災訓練になっているか」を確認しましょう。できていない項目を見つけたら、前述した5つのポイントなどを参考にしながら改善しましょう。
【防災訓練時のチェックリスト】
(出所:日本情報マート作成)
(注)地震を想定しています。
4 防災訓練の見直しを入口に、BCPを策定していこう
防災訓練を見直すことで、災害時の従業員の安全に備えることができます。これを入口にして、「被災後、真っ先に再開する業務は?」「資金調達の方法は?」「被災した設備や機器の補償は?」といった、被災後の早期復旧に向けた対応についても検討し、BCPを策定していくとよいでしょう。
BCPの検討で重要なポイントや取組事例については、以下の記事で分かりやすく解説しています。参考にしてみてください。
また、いますぐにBCPの策定が難しい場合も、災害のリスクを評価し、どのような対応をするのかは考えておくべきです。対応といっても、全て自社が負担するというのではありません。リスク対応には、発生の可能性(頻度)と損害の大きさ(影響度)からリスクを次のように分類する考え方があります。
【企業を取り巻くリスク対応の考え方】
(出所:日本情報マート)
(注)取り上げたリスクは一例です。
例えば、大規模災害の場合、一般的には頻繁に発生するものではありません。また、「自社は高台にあるため水害の影響は受けにくい」など、災害の種類によっても頻度は異なるでしょう。
とはいえ、頻度が少なくても、ひとたび大規模災害が発生すれば、経営への影響は計り知れません。そういうとき、リスクの移転を検討します。リスクの移転の方法としては、保険への加入があります。
ちなみに、保険にはさまざまな種類があることから、自社が何らかの保険に加入していても、十分に補償内容を把握していない、長期間見直しをしていないということもあります。
例えば、火災や地震にはケアしていても、水害についてはきちんとケアしていないという企業は多いようです 。「中小企業白書(2019年版)」によると、自然災害に対応する損害保険・火災共済に加入している企業でも、補償内容について、「水災は補償しない商品」「分からない」とする回答が約40%に上ります。
損害保険に入っているからといって安心せずに、まずはハザードマップなどで自社の災害リスクをしっかり把握した上で、それをカバーする補償内容になっているかどうかを確認しましょう。
以上
(執筆 日本情報マート)
(監修:平野喜久 上級リスクコンサルタント、中小企業診断士)
生21-13,法人開拓戦略室