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まさか自分が? 経営者の認知症リスク、課題と対策とは

経営課題事例

2022-01-21

経営者が認知症によって意思・判断能力が低下してしまうと、企業経営に大きな影響を及ぼします。経営者が取り得る具体的な認知症対策を紹介します。

目次

経営者にとって、気をつけなければならないリスクの1つが「認知症」です。

人生100年時代、死ぬまで現役でいたいと考える経営者も多いでしょう。しかし、高齢になるほど認知症のリスクは増加します。経営者が認知症によって意思・記憶力や判断能力が低下してしまうと、企業経営に大きな影響を及ぼします。

今のうちに、認知症のリスクをしっかり把握し、その対策を進めておきましょう。経営者が取り得る具体的な認知症対策を紹介します。

1 今後、認知症患者数は増加する?

認知症は、高齢者ほど有病率が高いといわれます。高齢化などを背景に、人口に対する65歳以上の割合が高まれば、認知症の患者数も増加すると考えられています。

厚生労働省が2014年にまとめた推計(※)によると、2025年には、65歳以上の認知症患者が最大で730万人程度に達するといわれます。

(※)厚生労働省「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」(概要)

【出典】厚生労働科学研究費補助金(厚生労働科学特別研究事業)「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」

また、認知機能の低下はあるものの、日常生活は正常に行える状態を「軽度認知障がい(MCI)」といいます。

MCIは認知症予備軍ともいえる状態で、進行すると認知症になりますが、この段階でケアをすることで、認知症の発症を遅らせるなどの効果が期待できます。

【MCIの診断ポイント】

  • ひどいもの忘れを自覚していて、周囲の人からもそれを指摘されている
  • 記憶の検査で、加齢の影響だけでは説明できない記憶障がいが認められる   など

65歳以上のMCIの患者数は、2012年時点で約400万人といわれます。2012年時点で認知症患者数は462万人なので、2012年の65歳以上(3079万人)(※)の高齢者のうち、約862万人が、すでに「認知症またはMCI」であるといえます。

(※) 厚生労働科学研究費補助金認知症対策総合研究事業「都市部における認知症有病率と認知症の生活機能障害への対応」

認知症やMCIの影響を受けやすくなる「65歳以上」というのは、企業経営において中核となる層とも重なります。

中小企業庁の2019年の統計(※)でも、経営者の年齢分布のうち最も多い年齢が、2018年では「69歳」となっています。その前年の2017年の時点で、60歳以上の経営者の企業がすでに全体の半数以上を占めているという現状があります。

(※)中小企業庁「中小企業白書(2019年版)」

2 認知症が企業経営に与える影響

経営者には、非常に高度な判断能力が求められます。仮に経営者がMCIの状態の場合、私生活は自立して行えるかもしれませんが、経営判断は難しくなる恐れがあります。

もしかすると、取引先の信用の低下、経営幹部や従業員のモチベーションの落ち込みなど、経営にさまざまな歪みを生むことになるかもしれません。

また、経営者が認知症になってしまった場合、企業の経営にさらに深刻な支障が生じます。

<経営者としての影響>

  • 株式等の売買や贈与などの契約行為ができない
    ⇒有効な事業承継対策、相続対策ができなくなるなど

<株主としての影響>

  • 株主総会における議決権行使ができない
    ⇒決算承認・役員変更等、経営に関わる決議ができなくなるなど

こうした契約や権利行使など、いわゆる「法律行為」を行う場合には、自分自身の行為の結果が判断できる能力(意思能力)が大前提として必要とされます。認知症になると、この能力を欠いた状態になってしまい、意思能力が十分でない者の法律行為は無効とされてしまうのです。

3 法定後見制度の課題

それでは、認知症となった経営者に対して、法令上ではどのような制度や手続きが準備されているのでしょうか。

経営者に限らず、認知症により判断能力が低下し、あるいは失ってしまった人に対応する制度として「法定後見制度」が民法に設けられています。

この制度は、判断能力が低下したり、失われてしまったりした本人に代わって、法律行為を行うことができる代理人等を家庭裁判所に申し立てて、選任するものです。

何ら対策を行わず、認知症等により判断能力が低下したり、失われてしまったりした方が法律行為を行う場合には、法定後見制度を利用せざるを得なくなります。

なお、法定後見制度では、本人の判断能力のレベルに応じて、後見、保佐、補助の3つの類型が定められていますが、法定後見制度を利用しているケースの約8割が後見類型であるため、本稿では、後見類型を中心に話を進めます。

 

法定後見制度を利用して選任される成年後見人は本人の財産について包括的な管理権・代理権を持っており、「本人のために」、本人に代わって法律行為を行うことになります。

本人の利益を守るために有効な側面がありますが、経営者、もしくはその親族や企業にとっては、さまざまな課題もあるので、ここで整理しておきましょう。

課題①:株式の売買や贈与ができない

事業承継対策、相続対策の局面でしばしば行われるのが、コンプライアンスに沿いながら自社株式の価額をなるべく下げて、その上で株式の譲渡を行ったり、贈与を行ったりしやすくするという対策です。

しかし、成年後見人は、あくまで「本人のため」に法律行為を行います。そのため、安価で株式の譲渡を行ったり、贈与を行ったりすることは、本人にとって不利益となり、成年後見人としては行うことができません。

特に、株式の贈与については無償での譲り渡しとなり、本人にとっての利益を見出すことはできず、損失のある取引に該当してしまうので、まず認められません。

株式の売買や贈与ができなければ、事業承継対策や相続対策が行えなくなってしまい、親族、企業に対しての負担になるのではないか……というご懸念もあるでしょう。しかし、成年後見制度の趣旨はあくまで「本人のため」であり、「親族のため」「企業のため」ではないのです。

課題②:第三者が後見人となる

別の課題もあります。成年後見人は家庭裁判所で選ばれますが、裁判所の最新の統計によると、選任される成年後見人のうち約78%が親族ではない第三者(司法書士、弁護士、社会福祉士など)です(※)。たとえ親族であっても、当たり前のように後見人に選任されるわけではありません。

(※)裁判所「成年後見関係事件の概況」平成31年1月から令和元年12月まで

一方、成年後見人となる司法書士などは各分野の専門家ではありますが、企業経営のプロとは限りません。また、成年後見人が議決権を行使する場合、家庭裁判所の監督下におかれるため、柔軟な対応が難しいケースもあります。こうした第三者が株主として権利を行使する可能性があるということは、経営上、リスクであるといわざるを得ません。

なお、株主間で企業の運営方針に対立があるような場合には、成年後見人は議決権を行使しないという選択を行うこともあり得ます。

4 経営者の認知症対策①:早期の事業承継とリスク手当

こうした課題への一番の対策は、当たり前かもしれませんが、早期の事業承継といえます。

認知症は、高齢者ほど有病率が高いといわれます。早い段階での事業承継の対策を講じれば、仮に認知症になってしまった場合でも、経営に与える影響を最小限に抑えることができます。

事業承継は、誰に継がせるかによって、「親族内承継」、「従業員等への親族外承継」、「第三者へのM&A」の3つの手法に分類できます。どの手法を選択するかの方向性を決定し、事業承継の計画を立て、事業承継対策を行っていくことになります。

事業承継対策は、物的事業承継対策人的事業承継対策に大別されます。それぞれ見てみましょう。

1)物的事業承継対策とは

物的事業承継対策とは、株式や企業が利用する土地・建物等の財産を後継者に承継させる対策です。

物的事業承継対策である、株式や企業が利用する土地・建物等の財産の後継者への承継は、売買や贈与等さまざまな手法が用いられますが、前述したとおり、経営者の意思能力が大前提となります。また、第三者へのM&Aを除き、税金や資金の都合から年数をかけて行うことがほとんどです。

物的事業承継対策では、自社株をめぐる相続トラブルや運転資金の不足など、さまざまな事業承継トラブルへの対策も不可欠です。こうしたトラブルへの備えとして、生命保険を活用するケースがあります。詳細は、次のコンテンツをぜひご覧ください。

事業承継対策で生命保険を活用すべき3つの理由!

2)人的事業承継対策とは

他方、人的事業承継対策とは、後継者を育成し、経営者が行っている経営そのもの(組織内での役割、組織体制、経営理念等)を後継者に承継させる対策です。

事業承継対策を行う場合、物的事業承継対策にフォーカスされがちですが、人的事業承継対策を含めてそれぞれの対策が機能することにより、スムーズな事業承継を行うことが出来ます。

人的事業承継対策も、物的事業承継対策と同様、年数をかけて進められます。過去に中小企業基盤整備機構が実施したアンケート調査によると、「後継者の育成に必要な期間」について、経営者の約25%が5年くらい、約30%が5年から10年くらいと考えています。

これらを考えると、判断能力が低下してから事業承継を行っていては、遅きに失する恐れがあります。早期に事業承継を行っていれば、そもそも経営という観点からは、認知症等のリスクにさらされることはありません。

3)事業承継後を見据えたリスク対策も

経営者個人の生活についていえば、事業承継後も見据えた認知症対策が重要になります。経営者が勇退すれば、当然、役員報酬はなくなります。そうした状況で認知症となれば、経営者個人としてさまざまな費用負担が生じます。

【認知症になった場合にかかる費用の目安】

実際に認知症の介護を経験された方にお伺いしたところ…

【出典】<検査(MRI検査等)>監修:(公財)日本生命済生会日本生命病院(2020年11月現在)<投薬>アリセプト錠5mgの薬価237.7円×30日×3割=約2,100円(アリセプト錠5mgの薬価:厚生労働省「薬価基準収載品目リスト及び後発医薬品に関する情報について(令和2年12月11日適用)」監修:(公財)日本生命済生会日本生命病院)<デイサービス・訪問介護>監修:(公財)日本生命済生会日本生命病院<介護・家事代行サービス>(株)ダスキン ライフケア※2021年1月現在の1回・2時間【Sエリア】の基本料金9,900円、1回訪問あたりのサービス移動費550円を参考に設定。((9,900円(税込)(基本料金1回・2時間)+550円(税込)(1回訪問あたり))×8回(週に2回程度))※料金は地域によって異なります。詳しくはダスキン ライフケアホームページをご覧ください。

最近では、認知症になった際のリスクについてサポートを受けられる保険が登場しています。

将来の勇退を見据えたとき、認知症に対する金銭面の不安を取り除くために、こうした保険を活用するのも一策です。

5 経営者の認知症対策②:信託

経営者の認知症対策として早期の事業承継についてお伝えしてきましたが、後継者不足が社会問題となっている昨今でもあり、また株の価格が譲渡しにくい規模になっているなどの事情から、株式についてはなかなか承継できないというケースもあります。

その解決策として、経営者の保有する株式については、信託という手法もあります。信託とは、自分の大切な財産を、信頼できる人に託し、自分が決めた目的に沿って、自分や大切な人のために運用・管理してもらうという仕組みです。

この仕組みでは、自分の財産を託す側の人を「委託者」、財産を託される側の人を「受託者」、財産から利益を受ける人を「受益者」と呼びます。

一般的な信託の仕組みは次の通りです。

(出所:司法書士法人おおさか法務事務所 副代表 西本拓司、後見信託センター長 坂西涼 作成)

株を保有する経営者のケースでは、本人(「委託者」)は、自分自身の保有する企業の株式を信託財産として、信頼できる人を「受託者」とし、自らを「委託者」兼「受益者」として、信託を組みます。

株から利益を受ける税務上の所有権は自分に残したまま、法律上の管理権限などの一部を先に移しておく形です。こうした形で株式を信託しておくと、株式の管理権限は先行して受託者に移るため、議決権は受託者が行使することになります。

こうした信託の仕組みにおいては、信託財産(この場合は自社の株式)に関して、受託者が行う管理・処分などについての指図をする「指図権者」を定めることもできます。そこで、経営者は、自分自身を議決権行使の指図権者としておくことによって、たとえば次のようなことなどを決めておけるようになります。

  • 元気なうち:自分の指図によって受託者に議決権を行使させる
  • 認知症になったら:受託者の判断によって議決権を行使してもらう

株式の信託後の権利関係は次の通りです。

(出所:司法書士法人おおさか法務事務所 副代表 西本拓司、後見信託センター長 坂西涼 作成)

株式の信託後に認知症となった場合の権利関係は次の通りです。

(出所:司法書士法人おおさか法務事務所 副代表 西本拓司、後見信託センター長 坂西涼 作成)

さらに、一連の信託契約の中で、経営者が認知症になった場合や、亡くなった場合などの株式の承継方法、処分方法を個別に定めておくことも可能です。

実際に経営者が判断能力を失ってしまった後では、打つ手は限られてきます。一方、事前に対策を行っていれば、経営者の希望に沿った対策を打ちやすくなり、対応がスムーズに進む可能性が高まります。

認知症などによる意思・判断能力の喪失は、いつでも、誰にでも起こる恐れがあることを意識して、対策を打っておくことが望まれます。

以上

(執筆 日本情報マート)

(監修 司法書士法人おおさか法務事務所 副代表 西本拓司、
後見信託センター長 坂西涼)

生21-5745,法人開拓戦略室

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