自身に万が一のことがあったとき、問題となるのがパソコンやスマートフォン(スマホ)に眠る「デジタル遺品」です。
今や、金融資産や重要書類などをデジタルで管理している人は多く、生前に整理しておかないと、家族に事務的な負担が増えたり、相続トラブルに発展したりするケースもあります。
特に、経営者は、自社の経営に関わる情報や資産をデジタルで管理しているケースもあり、企業全体を巻き込んだ問題に発展するリスクがあります。
そこで本記事では、デジタル遺品のトラブル事例に触れつつ、たった5分でできる生前対策(デジタル終活)について解説します。見られたくないデータがある場合の対処法なども紹介していますので、最後までぜひご覧ください。
デジタル遺品とは?
デジタル遺品について明確な定義はありませんが、
パソコンやスマホなどのデジタル機器に保存されたデータやインターネットサービスのアカウントなど
と考えてよいでしょう。
具体的には、次のようなものがデジタル遺品にあたります。
- ・パソコン内に保存された業務データ(WordやExcelなどのデータ)
- ・スマホ内に保存された写真・動画
- ・SNSやインターネットバンキング等のネットサービスのアカウント
- ・動画、音楽、電子書籍などの配信サービスのアカウント
- ・GmailやOutlook.comなどのWebメールアカウントなど
なぜデジタル遺品を生前に整理しておかなくてはいけないのか?
デジタル遺品は、その名のとおり、実体のない「デジタル」の遺品ですので、故人のパソコンやスマホ内にアクセスできないと、その把握や管理が難しくなります。
しかし、通常、パソコンやスマホにはパスワードロックがかかっており、パスワードを特定できないかぎり、本人以外は中に入ることはできません。これが、デジタル遺品のトラブルにおける一番の根本原因です。
1)特に問題になるのがiPhone
iPhoneは、パスワード(パスコード)を10回間違えてしまうと、スマホ内のデータが初期化(消去)されてしまう機能が標準装備されています。
多くの方がこの機能を使用しているため、手あたり次第にパスワードを入力してロック解除を試みるということができず、結果として、スマホ内にアクセスすることができないというトラブルは後を絶ちません。
なお、Androidのスマホにも、同様の機能を設定できる機種があり注意が必要です。
パスワードロックを解除できない場合、データ復旧の専門事業者にパスワードロックの解除を依頼することが可能です。
しかし、本来、スマホのパスワードロックの解除は技術的にも大変難しいとされており、約20万円~30万円、場合によっては50万円以上の高額な費用がかかるケースや、パスワードロックの解除まで半年以上かかるケースもあります。
そのため、実際には、パスワードロックの解除自体を諦めてしまうケースも多いようです。
2)パソコンはスマホに比べると解除は容易だが…
パソコンについては、ログインパスワードの入力ミスによりデータが初期化されてしまうといった機能は基本的にありません。専門事業者に依頼すれば、少なくともスマホに比べれば、容易にパスワードロックの解除が可能です。
それでも、すぐにパスワードロックの解除ができるわけではないため、今すぐにパソコン内のデータがないと困るというケースでは、スマホと同様に大きなトラブルに発展する恐れがあります。
誰にでも起きうるデジタル遺品のトラブル事例
デジタル遺品のトラブルは、誰にでも起きうる問題です。特に、次のようなトラブル事例は、今後ますます増えていくと考えられています。
- ・写真フォルダにアクセスできず、葬儀の際の遺影の写真が見つからない
- ・電話帳(連絡先)にアクセスできず、葬儀などの連絡ができない
- ・故人が利用していた金融機関(ネット証券など)が分からない
それぞれ見ていきましょう。
1)写真フォルダにアクセスできず、葬儀の際の遺影の写真が見つからない
デジタルカメラが主流となった現代においては、写真をわざわざ紙焼き(プリントアウト)することも少なくなりました。そのため、葬儀の際に使用する遺影の写真も、パソコンやスマホ内に保存されたデジタルデータから探さざるを得ないケースも多いといえます。
なお、写真フォルダにアクセスできず、仕方なく古い写真を遺影にして葬儀をしたら、親戚から「もっと良い写真はないのか」と嫌みを言われたといったトラブルも多いようです。
2)電話帳(連絡先)にアクセスできず、葬儀などの連絡ができない
一昔前には、各家庭に手書きの電話帳がありましたが、1人1台携帯電話やスマホを持つ時代となり、自分の電話番号以外記憶していないという人も多くなりました。
スマホの電話帳(連絡先)にアクセスすることができず、連絡先がわからないため、葬儀などの連絡を友人や知人に直接できなかったというトラブルもよく聞かれます。
3)故人が利用していた金融機関(ネット証券など)が分からない
故人がネット証券により投資をしていた場合、残高などについては、当然相続の対象となります。
しかし、ネット証券による資産運用は、家族に内緒で行われることも多く、パソコンやスマホにアクセスすることができない場合には、そもそもネット証券による資産運用をやっていたのか、やっていたとしてどこのネット証券会社と取引をしていたのかなど、遺産の実態を把握することが困難となるケースも多いといえます。
なお、相続人間で故人の財産をどう分けるかを話し合う遺産分割協議において、後からネット証券取引などの存在が明らかになると、面倒な事態に発展するケースがあります。
当初の遺産分割協議書で、後日判明した遺産の取扱について取り決めが定められていない場合、その判明した遺産について、改めて遺産分割協議を行う必要があります。
また、「他にも意図的に故人の財産隠しをしているかもしれない」などと疑心暗鬼になり、感情的な対立から相続紛争に発展してしまったりするリスクもあります。
経営者のデジタル遺品のトラブル事例
経営者の場合、デジタル遺品の問題は、家族だけでなく企業経営に大きな影響を及ぼします。実際に、全国の経営者224人へアンケート調査を行った結果、デジタル遺品のトラブルについて「不安を感じる」と答えたのは56.7%にのぼりました。
実際、経営者が自社の日常的な業務に関与している度合いが高ければ高いほど(何でも自分でやらないと気が済まない経営者の方ほど)、経営者が突然亡くなった場合には次のようなトラブルが起こるリスクがあります。
- ・カレンダーアプリなどにアクセスできず、故人のスケジュールが把握できない
- ・メールなどにアクセスできず、取引先との過去の交渉経緯などが分からない
- ・インターネットバンキングシステムにアクセスができず、支払いが遅延してしまう
それぞれ見ていきましょう。
1)カレンダーアプリなどにアクセスできず、故人のスケジュール予定が把握できない
経営者が、自身のスケジュール管理に使用していたカレンダーアプリなどにアクセスできない場合には、亡くなった経営者のスケジュールを把握することが困難になります。
このため、経営者死亡後の取引先などとのアポイントの把握が遅れ、キャンセルの連絡などができず、トラブルに発展してしまう可能性があります。
2)メールにアクセスできず、取引先との過去の交渉経緯などが分からない
経営者が、取引先との個別のメールのやり取りなどで、仕事の受発注などを先行して進め、それを自社内に共有していないケースは少なくないでしょう。
このようなケースで経営者に万が一のことがあった場合、残された役員や従業員が、交渉経緯などを把握した上で対応することは困難です。取引先では案件を進めていたのに、こちらから連絡が無かったり、一旦確認させてくださいなどとストップしたりすると、取引先からの信用を損ないかねません。
また、不利な条件での取引を余儀なくされるなどのトラブルに巻き込まれる恐れもあります。
3)インターネットバンキングシステムにアクセスができず、支払いが遅延してしまう
インターネットバンキングなどを利用し、経営者自ら、自社の資金繰り管理を行っていた場合、経営者が突然亡くなると、取引先などへの適時の支払いが出来ず、将来の取引に支障が生じる可能性があります。
このように、デジタル遺品のトラブルは、社内の問題にとどまらず、取引先といった社外の第三者をも巻き込んだ大きな問題に発展するリスクがあることに留意しましょう。
一方で、経営者が突然亡くなったとき、起こりがちなのが「事業が低迷し運転資金が足りなくなる」といった資金繰りのトラブルです。万が一のときでも自社や後継者が混乱することなく、円滑な事業承継を進めるためには、資金面での備えも重要です。
事業承継対策で生命保険を活用すべき3つの理由!5分でできる生前対策(デジタル終活)
1)何はともあれ、各デジタル機器のパスワード共有
前述したように、デジタル遺品の問題は、企業の事業活動ひいては事業承継に大きな影響を与える恐れがあります。
そのため、まずは、デジタル遺品の存在とそのアクセス方法を家族などに伝えるとともに、経営者のパソコンやスマホのログインパスワードを共有しておくことが最も重要な対策です。
パソコンやスマホのパスワードロックを解除できれば、亡くなった経営者のパソコンやスマホに眠るデジタル遺品の実態を把握することができます。
ただし、パスワードの共有自体は最低限の対策にすぎません。パスワードを共有した上で、引継ぎが必要なデータやアカウント、口座情報や利用中のインターネットサービスについては、一覧表を作っておくなど、別途指示ができるような対応が望ましいでしょう。
2)パスワードを生前から知られたくない場合は?
一方で、パスワードを生前から知られたくないという方も多いのが実情です。
そのような場合には、エンディングノートなどに、パスワードや最低限の指示を書いておくといった対応が考えられます。これらを書き出すだけであれば、通常5分程で終了します。
なお、エンディングノートがない場合には、メモ用紙でも構いません。メモ用紙にパスワードなどを書いて、財布や預金通帳に挟んでおくとよいでしょう。
財布や通帳は、亡くなった際に必ず遺族が確認する場所となりますので、万が一の際はきっと見つけてくれるはずです。
見られたくないデータがある場合の対処法
プライバシーの観点から、パソコンやスマホのログインパスワードを開示して、プライベートな内容を勝手に見られることに抵抗を覚える方も少なくないでしょう。実際、前述の経営者アンケートで「不安を感じる」と答えた方で、最も多かった理由は、「他人に見られたくないデータがあるから」というものでした。
そこで、見られたくないデータがある場合の対策についても簡単に紹介します。
まず、経営者であれば、パソコンやスマホにつき、個人用のものと会社用のものを2台用意した上で、個人のデータについては個人用のデジタル機器に、会社のデータについては会社用のデジタル機器に置いて、それぞれ管理するとよいでしょう。
会社用のデジタル機器については、万が一の際には、それごと会社に引渡してもらえれば、残された従業員にとっても業務の引継ぎが楽になります。
なお、どうしてもプライベートなデータと業務上のデータが混在してしまう場合には、エンディングノートなどに、引継ぎが必要なデータの所在を明記した上で、それ以外のデータについては見ないでほしい旨の意思表示をするとよいでしょう。
「見ないでほしい」と書いたら、逆に怪しまれるのではないか、見たくなるのが人間の心情ではないか、という意見もあるでしょう。しかし、「見ないでほしい」という希望に配慮してくれるだけの人間関係を生前から構築することも、生前対策(デジタル終活)の一部といえます。
最後に……
パソコンやスマホの出現により、私たちの生活は確実に便利なものとなりましたが、一方で、上記のような「デジタル遺品」という問題も生じるようになり、不便となった面もあります。
デジタル遺品に対する問題解決は、「各デジタル機器のログインパスワードの共有」という非常にシンプルな方法で、その大部分を解決することが可能です。
この記事を読まれた方は、今すぐに、パソコンやスマホのログインパスワードをエンディングノート(メモ用紙でも構いません)に記入し、家族や従業員と共有できるようにしてください。
大袈裟でもなんでもなく、あなたのたった5分の行動が、万が一の際、あなたの家族や従業員を救います。
本記事が、皆様のデジタル終活(デジタル遺品の生前対策)のきっかけとなりましたら、幸いです。
以上
【執筆者】
伊勢田 篤史
一般社団法人緊急事業承継監査協会 代表理事
日本デジタル終活協会 代表理事
となりの法律事務所パートナー
私立海城高等学校卒業、慶応義塾大学経済学部卒業、中央大学法科大学院修了。
「相続で苦しめられる人を0に」という理念を掲げ、終活弁護士として、相続問題の紛争予防対策に力を入れている。
近著に、「緊急事業承継ガイドブック 社長が突然死んだら?」
【監修】
税理士 石田和也
生21-3625,法人開拓戦略室